言志四録 / 言志後録 第六十二条 先づ大体を視る
將處事。當先略視其大體如何。而後漸漸以至精密處可也。
新字:将処事。当先略視其大体如何。而後漸漸以至精密処可也。
書き下し
将に事を処せんとするには、当に先づ略ぼ其の大体の如何を視て、而る後に漸漸として以て精密の処に至りて可なり。
現代語訳
物事を処理しようとするときは、まずおおよそ全体がどうなっているかを見て、そのあとで少しずつ細かなところへと進んでいくのがよい。
解説
仕事の進め方の基本を簡潔に述べた一条です。何かに取りかかるときは、まず大づかみに全体の姿を見て、それから少しずつ細部に入っていく。当たり前のようですが、実際には目の前の細部から手をつけてしまい、全体の方向を見失うことがよくあります。細部の精密さは大切でも、それは全体の見通しが立ってからの話だということです。前の条の「軽く看て区処す」とも通じ、最初から細かく深く入り込むことへの戒めと読めます。昌平坂学問所で学問と行政の双方に携わった一斎の、実務家としての感覚がうかがえます。計画を立てるとき、会議で議論するとき、まず全体像を押さえているかを確かめたくなる言葉です。
この章句が説くこと
大局観段取り仕事の進め方全体と細部
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