言志四録 / 言志後録 第五十条 老荘は一箇の智の字
老莊固與儒不同。渠只是了一箇智字。老子深沈。莊周另出機軸。
新字:老荘固与儒不同。渠只是了一箇智字。老子深沈。荘周另出機軸。
書き下し
老荘は固より儒と同じからず。渠は只だ是れ一箇の智の字を了するのみ。老子は深沈、荘周は另に機軸を出す。
現代語訳
老子・荘子の思想は、もちろん儒学とは異なる。彼らはただ「智」の一字を究めたにすぎない。老子は深く沈潜しており、荘周(荘子)は別に独自の工夫を打ち出している。
解説
儒者である一斎が、老荘思想をどう見ていたかを示す一条です。老荘は儒学とは道が違うとはっきり述べたうえで、彼らが究めたのは「智」の一字だと評します。儒学が仁・義・礼・智を兼ね備えることを目指すのに対し、老荘は物事を見抜く知恵の働きに偏っている、という見立てでしょう。とはいえ一斎は切り捨ててはおらず、老子は深く沈潜し、荘子は独自の機軸を打ち出していると、それぞれの持ち味を認めています。異なる立場の思想を排斥するのではなく、どこが優れ、どこが自分たちと違うのかを見極めようとする態度がうかがえます。異質な考え方と向き合うときの姿勢を考える材料になります。
この章句が説くこと
老荘儒学智思想の比較
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