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及門遺範 / 老荘を斥ける

一先生專力正學、不好曲藝小技、而視記聞俗學、亦與他雜藝等、素不喜晉人淸談之流、尤惡老莊之學、謂、老氏陽唱恬澹無爲、陰自恃聰明、貴智術、不欲蹈古人轍迹、非譏聖人、別立一箇之見、其流爲申韓、司馬子長以申韓與老莊同傳、可謂卓識、故先生說老子之書、與王弼等覔別、戲謂人曰、我欲造老子像擊其頭爲節以說其書、亦一快矣、而其所解說、皆前人所未發也、

新字:一先生専力正学、不好曲芸小技、而視記聞俗学、亦与他雑芸等、素不喜晋人清談之流、尤悪老荘之学、謂、老氏陽唱恬澹無為、陰自恃聰明、貴智術、不欲蹈古人轍迹、非譏聖人、別立一箇之見、其流為申韓、司馬子長以申韓与老荘同伝、可謂卓識、故先生説老子之書、与王弼等覔別、戯謂人曰、我欲造老子像撃其頭為節以説其書、亦一快矣、而其所解説、皆前人所未発也、

書き下し

一、先生専ら正学に力め、曲芸小技を好まず。而して記聞の俗学を視ること、亦た他の雑芸と等し。素より晋人清談の流れを喜ばず、尤も老荘の学を悪む。謂ふ、老氏は陽には恬澹無為を唱へて、陰には自ら聡明を恃み、智術を貴び、古人の轍迹を蹈むを欲せず。聖人を譏るに非ざるも、別に一箇の見を立つ。其の流れ申韓と為る。司馬子長が申韓を老荘と同伝するは、卓識と謂ふべし、と。故に先生の老子の書を説くは、王弼等と別を覓む。戯れに人に謂ひて曰く、我老子の像を造り、其の頭を撃ちて節と為し、以て其の書を説かんと欲す、亦た一快ならん、と。而して其の解説する所、皆前人の未だ発せざる所なり。

現代語訳

一 先生は専ら正しい学問に努め、小手先の芸や小技を好みませんでした。見聞を集めるだけの俗学も、他の雑多な芸と同じように見ていました。もともと晋の人の清談の流れを喜ばず、とりわけ老荘の学を憎みました。先生は言いました。老子は表向きは穏やかで無為を唱えながら、内心では自分の聡明さを頼み、智術を貴び、古人の歩んだ跡を踏むことを望まない。聖人を非難するわけではないが、別に一つの見解を立てている。その流れは申不害・韓非になる。司馬遷が申不害・韓非を老子・荘子と同じ伝にまとめたのは、卓見というべきだ、と。それで先生が『老子』の書を説くときは、王弼らとは違う解釈を求めました。先生は冗談に、「私は老子の像を作って、その頭を叩いて拍子にしながら、この書を説きたい。それもまた愉快だろう」と言いました。そして先生が解き明かしたところは、すべて前人がまだ述べなかったものでした。

解説

先生は老荘の学を、穏やかに見せて内に智術を恃み、聖人の跡を踏まず別の見解を立てるものとして批判し、その流れは申不害・韓非に至ると見ました。司馬遷の列伝の並べ方を卓見とする点も面白いところです。ここから現代の管理職が学べるのは、無為自然や脱力の思想に魅力を感じる時でも、それが責任回避や智術に傾いていないかを見極める眼です。ただし、これは幽谷の評価であり、老荘の評価は立場により分かれます。批判する側が相手の説を深く読み込んでいたことも見逃せません。

この章句が説くこと

及門遺範会沢正志斎藤田幽谷老荘正学智術

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