言志四録 / 言志後録 第四十九条 尚友の益
余常讀宋明人語錄。有可肯。有不可肯。有似可信而不可信。有似可疑而不可疑。反覆讀之。殆如與諸賢同堂親相討論。眞是尙友有益。
新字:余常読宋明人語録。有可肯。有不可肯。有似可信而不可信。有似可疑而不可疑。反覆読之。殆如与諸賢同堂親相討論。真是尚友有益。
書き下し
余常に宋明の人の語録を読む。肯ずべき有り、肯ずべからざる有り。信ずべきに似て信ずべからざる有り、疑ふべきに似て疑ふべからざる有り。反覆して之を読めば、殆ど諸賢と堂を同じくして親しく相討論するが如し。真に是れ尚友の益有り。
現代語訳
私はいつも宋や明の儒者の語録を読んでいる。うなずけるものもあれば、うなずけないものもある。信じてよさそうで信じられないものもあれば、疑わしそうで疑う必要のないものもある。繰り返し読んでいると、まるで先賢たちと同じ部屋で親しく議論しているかのようである。これこそまさに古人を友とする(尚友)ことの益である。
解説
朱子や王陽明をはじめ、宋・明の儒者たちの語録を日々読む一斎の読書の姿が伝わる一条です。一斎は語録を鵜呑みにせず、うなずけるもの、うなずけないもの、信じられそうで信じられないもの、疑わしそうで実は正しいものと、一つずつ吟味しています。そうして繰り返し読むうちに、まるで先賢たちと同じ部屋で議論しているような気がしてくる。これを孟子の言う「尚友」、古人を友とすることの益だと言います。一斎自身の『言志四録』も、まさにこうした語録の形式で書かれています。読書を受け身の情報収集ではなく、著者との対話として行うこと、その姿勢が思考を鍛えることを示しています。
この章句が説くこと
読書尚友批判的思考学問
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