言志四録 / 言志後録 第四十三条 蘭花の香
養生之道。只從自然爲得。有意於養生。則不得養生。譬之蘭花之香。嗅則不來。不嗅則來。
新字:養生之道。只従自然為得。有意於養生。則不得養生。譬之蘭花之香。嗅則不来。不嗅則来。
書き下し
養生の道は、只だ自然に従ふを得たりと為す。養生に意有れば、則ち養生を得ず。之を蘭花の香に譬ふ。嗅げば則ち来らず、嗅がざれば則ち来る。
現代語訳
養生の道は、ただ自然に従うのがよい。養生しようと意識しすぎると、かえって養生にならない。たとえば蘭の花の香りのようなものである。嗅ごうとすると香ってこず、嗅ごうとしなければ香ってくる。
解説
健康を保つ養生の道は、自然に任せるのが一番であり、意識しすぎるとかえって損なうと一斎は言います。その比喩が美しく、蘭の香りは嗅ごうと鼻を近づけるとかえって感じにくく、何気なく過ごしているとふと漂ってくる。一斎自身は八十八歳まで生き、晩年の『言志耋録』にも養生を論じた条が多く見られますが、その根本はこの「作為しない」姿勢にありました。健康に限らず、眠ろうと焦るほど眠れない、自然に振る舞おうとするほどぎこちなくなる、といった経験は誰にでもあるでしょう。目標を意識しすぎることが、かえって目標から遠ざけてしまう場面について考えさせる一条です。
この章句が説くこと
養生自然無為健康
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