言志四録 / 言志録 跋 言志録の跋
余受學於一齋先生。有年矣。今兹承乏於浪華副鎭。久違敎範。因出此錄。日讀數章。沈潜而玩味之。猶之面命耳提也。凡有志於學者。皆當正其趣向。况於有邦爲土者乎。吾觀世之號稱好學者。或馳虛文。而無實得。或流功利。而失正路。其於家國也。果何益。豈非以學乖其方乎。此錄悉出於先生之所自得。正足以使人正其趣向而得所歸宿矣。余不敢自私也。特校刻之。貽諸世之有志者。共焉。甲申春仲月下浣。書於浪華城山里廨舍。源綱條。
新字:余受学於一斎先生。有年矣。今茲承乏於浪華副鎮。久違教範。因出此録。日読数章。沈潜而玩味之。猶之面命耳提也。凡有志於学者。皆当正其趣向。況於有邦為土者乎。吾観世之号称好学者。或馳虚文。而無実得。或流功利。而失正路。其於家国也。果何益。豈非以学乖其方乎。此録悉出於先生之所自得。正足以使人正其趣向而得所帰宿矣。余不敢自私也。特校刻之。貽諸世之有志者。共焉。甲申春仲月下浣。書於浪華城山里廨舎。源綱条。
書き下し
余、学を一斎先生に受くること、年有り。今茲に乏しきを浪華の副鎮に承け、久しく教範に違ふ。因りて此の録を出だし、日に数章を読み、沈潜して之を玩味す。猶ほ之れ面命耳提のごときのみ。凡そ学に志有る者は、皆当に其の趣向を正すべし。況んや邦を有ち土を為むる者に於てをや。吾世の好学と号称する者を観るに、或いは虚文に馳せて実得無く、或いは功利に流れて正路を失ふ。其の家国に於けるや、果して何の益かあらん。豈に学其の方に乖くを以てに非ずや。此の録は悉く先生の自得する所より出づ。正に以て人をして其の趣向を正して帰宿する所を得しむるに足る。余敢へて自ら私せず。特に之を校刻して、諸を世の志有る者に貽り、焉を共にす。甲申春仲月下浣、浪華城山里の廨舎に書す。源綱條。
現代語訳
私は一斎先生に学問を教わって、長い年月になる。今、力不足ながら浪華(大坂)の副鎮の職を務めることになり、長らく先生の教えから遠ざかっている。そこでこの録を取り出し、毎日数章を読み、深く心を沈めて味わっている。それはまるで先生から面と向かって命じられ、耳を引き寄せて教えられているかのようである。およそ学問に志のある者は、みなその向かう方向を正しくすべきである。まして国を保ち領地を治める者においてはなおさらである。私が世の中で学問好きと称する人々を見ると、ある者は中身のない文章に走って実際に得るものがなく、ある者は功利に流されて正しい道を見失っている。それが家や国にとって、はたして何の益があろうか。これは学問がその方法を誤っているからではないか。この録は、すべて先生が自ら体得されたところから出たものである。まさに人にその向かう方向を正させ、落ち着くべきところを得させるのに十分である。私はこれを自分ひとりのものにしておこうとは思わない。そこで特に校訂して刊行し、世の志ある人々に贈り、ともにこれを分かち合いたい。甲申(文政七年)春二月下旬、浪華の城の山里にある役所の宿舎で書す。源綱條。
解説
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