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言志四録 / 言志録 第二百四十五条 人に尽くして天に聴く

凡作事。當盡於人而聽於天焉。有人平生放懶怠惰。輙謂人力徒勞無益。數諉於天來。則事必不成。葢是人天奪之魄使然。畢竟亦數也。有人平生敬愼勉力。乃謂人理不可不盡。數俟於天定。則事必成。葢是人天誘之衷使然。畢竟亦數也。又有盡於人而事不成。是理可成而數未至者。數至則成。不盡於人而事偶成。是理不可成而數已至者。終亦必致敗。要之皆數也。成敗有不於其身而於其子孫者。亦數也。

新字:凡作事。当尽於人而聴於天焉。有人平生放懶怠惰。輙謂人力徒労無益。数諉於天来。則事必不成。葢是人天奪之魄使然。畢竟亦数也。有人平生敬慎勉力。乃謂人理不可不尽。数俟於天定。則事必成。葢是人天誘之衷使然。畢竟亦数也。又有尽於人而事不成。是理可成而数未至者。数至則成。不尽於人而事偶成。是理不可成而数已至者。終亦必致敗。要之皆数也。成敗有不於其身而於其子孫者。亦数也。

書き下し

凡そ事を作すには、当に人に尽くして天に聴くべし。人有り、平生放懶怠惰にして、輒ち人力は徒労無益なりと謂ひ、数は天に諉ね来る。則ち事必ず成らず。蓋し是れ人、天之が魄を奪ひて然らしむるなり。畢竟亦数なり。人有り、平生敬慎勉力して、乃ち人理は尽くさざるべからずと謂ひ、数は天の定むるを俟つ。則ち事必ず成る。蓋し是れ人、天之が衷を誘ひて然らしむるなり。畢竟亦数なり。又人に尽くして事成らざる有り。是れ理成るべくして数未だ至らざる者なり。数至れば則ち成る。人に尽くさずして事偶ゝ成る。是れ理成るべからずして数已に至る者なり。終に亦必ず敗を致す。之を要するに皆数なり。成敗其の身に於てせずして其の子孫に於てする者有り、亦数なり。

現代語訳

およそ事を行うには、人としてできることを尽くし、その結果は天に任せるべきである。ある人は日ごろ気ままで怠けてばかりいて、人の力など無駄で役に立たないと言い、巡り合わせは天に任せてしまう。そうすれば事は必ず成らない。思うに、これは天がその人の魂を奪ってそうさせているのである。結局これも巡り合わせである。別のある人は日ごろ慎み深く努力して、人としての道理は尽くさねばならないと言い、巡り合わせは天が定めるのを待つ。そうすれば事は必ず成る。思うに、これは天がその人の真心を導いてそうさせているのである。結局これも巡り合わせである。また、人としてできることを尽くしたのに事が成らない場合がある。これは道理の上では成るはずなのに、巡り合わせがまだ来ていないのである。巡り合わせが来れば成る。人としてできることを尽くさないのに事がたまたま成る場合がある。これは道理の上では成るはずがないのに、巡り合わせがすでに来ているのである。しかし最後にはやはり必ず失敗を招く。要するに、すべて巡り合わせである。成功や失敗がその人自身の身ではなく、その子孫の代に現れることもある。これもまた巡り合わせである。

解説

「人事を尽くして天命を待つ」を、一斎が四つの場合に分けて論じた条です。怠けて天任せにする者は失敗し、慎んで努める者は成功する。努めても成らないのは時がまだ来ていないからで、怠けて偶然成ったものはいずれ崩れる。しかもその帰結が子孫の代に及ぶこともある、と言います。「天之が魄を奪ふ」は『左伝』に見える言い方です。すべてを「数」と言いながら、怠ける者には怠けるような数が、努める者には努めるような数が巡るという論法で、宿命論がそのまま努力の勧めになっています。結果が出ないとき努力を否定するのか、時を待つのか。偶然の成功を実力と取り違えていないか。自分の成果を振り返るときの物差しになります。

この章句が説くこと

人事を尽くす天命数勤勉成敗

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