言志四録 / 言志録 第二百二十八条 十中七賞三罰
賞罰與世輕重。然其分數大略。十中七賞。十中三罰。可也。
新字:賞罰与世軽重。然其分数大略。十中七賞。十中三罰。可也。
書き下し
賞罰は世と軽重す。然れども其の分数の大略は、十中七は賞、十中三は罰にして可なり。
現代語訳
賞と罰は時世に応じて軽くしたり重くしたりする。しかしその割合のおおよそは、十のうち七が賞、十のうち三が罰であるのがよい。
解説
賞罰の配分について、具体的な割合を示した珍しい一条です。賞罰の軽重は時代や状況によって変えるべきだと前置きしたうえで、おおよその目安は賞が七、罰が三だと一斎は言います。罰で人を動かすより、賞で励ます方を多くせよということでしょう。『書経』大禹謨の「罪の疑はしきは惟れ軽くし、功の疑はしきは惟れ重くす」にも通じる考え方で、前に刑罰を恤れむ大人の心を説いた条とも響き合います。儒官として岩村藩や幕府の政治にも関わった一斎の、統治の実感がにじむ言葉です。部下を評価し指導するとき、称賛と叱責の割合がどうなっているかを振り返ってみる手がかりになります。
この章句が説くこと
賞罰為政人を育てる評価
関連する章句
-
『韓非子』六反第四十六君人者民を足らすと雖も、足らして天子為らしむる能はず、而して桀未だ必ずしも天子為るを以て足れりと為さざるなり、則ち民を足らすと雖も、何ぞ以て治と為すべけんや。故に明主の国を治むるや、其の時事に適ひて以て財物を致し、其の税賦を論じて以て貧富を均しくし、其の爵禄を厚くして以て賢能を尽くし、其の刑罰を重くして以て姦邪を禁じ、民をして力を以て富を得、事を以て貴を致し、過を以て罪を受け、功を以て賞を致さしめて、慈恵の賜を念はざらしむ、此れ帝王の政なり。人皆寐れば、則ち盲者も知られず。皆嘿すれば、則ち喑者も知られず。覚めて之をして視しめ、問ひて之をして対へしむれば、則ち喑盲者窮す。其の言を聴かざれば、則ち無術者も知られず。其の身に任ぜざれば、則ち不肖者も知られず。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三儒者以て義を害すと為す、故に弋せず。」又問ふ、「儒者は瑟を鼓するか。」曰く、「不なり。夫れ瑟は小絃を以て大声と為し、大絃を以て小声と為す、是れ大小序を易へ、貴賤位を易ふるなり。儒者以て義を害すと為す、故に鼓せざるなり。」宣王曰く、「善し。」仲尼曰く、「其の民をして下に諂はしめんよりは、寧ろ民をして上に諂はしめん。」四。鉅は、斉の居士なり。孱は、魏の居士なり。斉・魏の君明らかならず、親ら境内を照らすこと能はずして左右の言を聴く、故に二子金璧を費して入仕を求むるなり。西門豹鄴の令と為る、清尅潔愨にして、秋毫の端も私利無きなり、而して甚だ左右を簡にす。左右因りて相与に比周して之を悪む。居ること期年、上計す、君其の璽を収む。豹自ら請ひて曰く、「臣昔者は鄴を治むる所以を知らず、今臣得たり、願はくは璽を請ひて、復た以て鄴を治めん。当らずんば、請ふ斧鑕の罪に伏せん。」文侯忍びずして復た之を与ふ。
-
『韓非子』姦劫弒臣第十四人焉んぞ能く安利の道を去りて危害の処に就かんや。国を治むること此くの若く其れ過てり。而して上、下の姦無く、吏の法を奉ずることを欲するも、其の得べからざること亦明らかなり。故に左右、貞信の以て安利を得べからざるを知れば、必ず曰く、「我忠信を以て上に事へ、功労を積みて安きを求むるは、是れ猶盲にして黒白の情を知らんと欲するがごとし、必ず幾からず。若し道を以て化し正理を行ひ、富貴に趨かず、上に事へて安きを求むるは、是れ猶聾にして清濁の声を審らかにせんとするがごとし、愈幾からず。二者以て安きを得べからずんば、我安んぞ能く相比周し、主上を蔽ひ、姦私を為して以て重人に適すること無からんや」と。此れ必ず人主の義を顧みず。其の百官の吏も亦方正の以て安きを得べからざるを知れば、必ず曰く、「我清廉を以て上に事へて安きを求むるは、規矩無くして方円を為さんと欲するが若し、必ず幾からず。若し法を守り朋党せずして官を治めて安きを求むるは、是れ猶足を以て頂を搔くがごとし、愈幾からず。二者以て安きを得べからずんば、能く法を廃し私を行ひて以て重人に適すること無からんや」と。
-
『韓非子』外儲說左下第三十三遂に璽を納れて去る。文侯受けずして曰く、「寡人曩には子を知らず、今知れり。願はくは子勉めて寡人の為に之を治めよ。」遂に受けず。斉に狗盗の子と刖危の子と戯れて相誇る者有り。盗子曰く、「吾が父の裘は独り尾有り。」刖危の子曰く、「吾が父は独り冬も袴を失はず。」
-
『韓非子』難三第三十八今功有る者は必ず賞せらる、賞せらるる者は君に得とせず、力の致す所なればなり。罪有る者は必ず誅せらる、誅せらるる者は上を怨みず、罪の生ずる所なればなり。民、誅賞の皆身より起こるを知る、故に功利を業に疾くし、而して賜を君に受けず。「太上は、下之有るを智る」。此れ太上の下民は説ぶ無きを言ふなり、安んぞ恵を懐ふの民を取らん。上君の民は利害無し、説くに「近きを悦ばし遠きを来たす」を以てするも、亦舎てて可なり。哀公に臣有り、外は障距し内は比周して以て其の君を愚にす、而して之に説くに「賢を選ぶ」を以てす。此れ功伐の論に非ざるなり、其の心の所謂賢なる者を選ぶなり。哀公をして三子の外は障距し内は比周するを知らしめば、則ち三子は一日も立たざらん。哀公は賢を選ぶを知らず、其の心の所謂賢を選ぶ、故に三子事に任ずるを得たり。燕の子噲は子之を賢として孫卿を非とす、故に身死して僇と為る。夫差は太宰嚭を智として子胥を愚とす、故に越に滅ぼさる。魯君必ずしも賢を知らず、而して説くに賢を選ぶを以てするは、是れ哀公をして夫差・燕噲の患有らしむるなり。明君は自ら臣を挙げず、臣相進むるなり。自ら賢とせず、功自ら徇ふなり。之を任に論じ、之を事に試み、之を功に課す、故に群臣公政にして私無く、賢を隠さず、不肖を進めず。然らば則ち人主奚ぞ賢を選ぶに労せん。景公は百乗の家を以て賜ふ、而して説くに「財を節す」を以てするは、是れ景公をして術以て富の侈を知る無くして、独り上に倹ならしむるなり、未だ貧を免れざるなり。君有りて千里を以て其の口腹を養ふも、則ち桀・紂と雖も侈とせず。斉国は方三千里にして桓公其の半ばを以て自ら養ふ、是れ桀・紂より侈なり。然り而して能く五覇の冠と為る者は、侈倹の地を知ればなり。君と為りて下を禁ずる能はずして自ら禁ずる者、之を劫と謂ひ、下を飾る能はずして自ら飾る者、之を乱と謂ひ、下を節せずして自ら節する者、之を貧と謂ふ。
-
『墨子』非命上是の故に古の聖王、憲を發し令を出だし、設けて以て賞罰と為して以て賢を勸む。是を以て入りては則ち親戚に孝慈、出でては則ち鄉里に弟長、坐處に度有り、出入に節有り、男女に辯有り。是の故に官府を治めしむれば則ち盜竊せず、城を守れば則ち崩叛せず、君に難有れば則ち死し、出亡すれば則ち送る。此れ上の賞する所にして、百姓の譽むる所なり。有命を執る者の言に曰く、「上の賞する所は、命、固より且に賞せんとす、賢なるが故に賞するに非ざるなり。上の罰する所は、命、固より且に罰せんとす、暴なるが故に罰するに非ざるなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る