言志四録 / 言志録 第二百二条 流行と対待
吉凶。以理言之。君子常吉。小人常凶。以氣言之。有流行。有對待。如盛衰迭至。是流行也。憂樂相耦。是對待也。
新字:吉凶。以理言之。君子常吉。小人常凶。以気言之。有流行。有対待。如盛衰迭至。是流行也。憂楽相耦。是対待也。
書き下し
吉凶は、理を以て之を言へば、君子は常に吉、小人は常に凶なり。気を以て之を言へば、流行有り、対待有り。盛衰迭ひに至るが如きは、是れ流行なり。憂楽相耦するは、是れ対待なり。
現代語訳
吉凶について、理の面から言えば、君子は常に吉であり、小人は常に凶である。気の面から言えば、「流行」があり「対待」がある。盛んな時と衰える時がかわるがわる訪れるのは流行(時の流れの中での移り変わり)である。憂いと楽しみが対になって並び存するのは対待(相対して向き合うこと)である。
解説
吉凶を「理」と「気」の二つの面から整理した一条です。理、すなわち道理の面では、正しく生きる君子は常に吉、そうでない小人は常に凶と明快です。一方、気の面、つまり現実の世界の動きでは、吉凶は「流行」と「対待」という二つの形であらわれます。流行は盛衰が時とともに交互に訪れること、対待は憂いと楽しみが常に対になって存在すること。いずれも朱子学で陰陽の働きを説明するときの用語です。前後の条で繰り返される「数」の議論を、概念として整えたものといえます。好調も不調も、時の流れと表裏の関係の中で見ると、一時の結果に振り回されずにすむかもしれません。
この章句が説くこと
吉凶理と気流行対待陰陽
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