言志四録 / 言志録 第二百三条 無疆惟れ休、亦無疆惟れ恤
天下之憂。集於一身。非凶乎。天下之樂。歸於一身。非吉乎。享天下之樂者。必任天下之憂。則吉凶果何所定歟。召公曰。無疆惟休。亦無疆惟恤。
新字:天下之憂。集於一身。非凶乎。天下之楽。帰於一身。非吉乎。享天下之楽者。必任天下之憂。則吉凶果何所定歟。召公曰。無疆惟休。亦無疆惟恤。
書き下し
天下の憂、一身に集まる、凶に非ずや。天下の楽、一身に帰す、吉に非ずや。天下の楽を享くる者は、必ず天下の憂に任ず。則ち吉凶は果たして何の定まる所ぞや。召公曰く、「無疆惟れ休なり、亦無疆惟れ恤なり」と。
現代語訳
天下の憂いが一身に集まるのは、凶ではないか。天下の楽しみが一身に帰するのは、吉ではないか。天下の楽しみを享ける者は、必ず天下の憂いを引き受ける。とすれば、吉と凶はいったいどこで定まるのであろうか。召公(周の重臣)は「限りない幸いであり、また限りない憂いである」と言った(『書経』召誥)。
解説
前条の「対待」、憂いと楽しみが対になって存在することを、天下を治める者の立場で具体的に示した一条です。天下の楽しみを一身に享ける王者は、同時に天下の憂いを一身に負う。だから吉と凶は切り離して定められないのだと一斎は言います。引かれた召公の言葉は『書経』召誥にあり、周が天命を受けたことは限りない幸いであると同時に、限りない憂いでもあると成王を戒めたものです。『孟子』の「天下の楽しみを楽しむ者は天下の憂いを憂う」にも通じます。地位や権限が大きくなることは、それに見合う責任と心労を引き受けることでもあります。昇進や成功を喜ぶとき、その裏側に何を背負うのかを考えさせる言葉です。
この章句が説くこと
吉凶責任対待為政上に立つ者
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