言志四録 / 言志録 第百九十三条 我先づ服して後に人服す
理到之言。人不得不服。然其言有所激則不服。有所强則不服。有所挾則不服。有所便則不服。凡理到而人不服。君子必自反。我先服而後人服之。
新字:理到之言。人不得不服。然其言有所激則不服。有所強則不服。有所挟則不服。有所便則不服。凡理到而人不服。君子必自反。我先服而後人服之。
書き下し
理到るの言は、人服せざるを得ず。然れども其の言激する所有れば則ち服せず。強ふる所有れば則ち服せず。挾む所有れば則ち服せず。便する所有れば則ち服せず。凡そ理到りて人服せざるは、君子必ず自ら反る。我先づ服して、而る後に人之に服す。
現代語訳
道理の行き届いた言葉には、人は従わざるを得ない。しかしその言葉に激したところがあれば人は従わない。無理強いするところがあれば従わない。何かを笠に着るところがあれば従わない。自分の都合を図るところがあれば従わない。およそ道理は行き届いているのに人が従わないとき、君子は必ず自分を省みる。まず自分がその道理に服してこそ、人もそれに服するのである。
解説
正しいことを言っているのに人が従わない。その原因を一斎は四つ挙げます。感情が激している、押しつけている、立場や権威を笠に着ている、自分の都合が混じっている。いずれも内容ではなく、言う側の心の在りようの問題です。そのとき君子は相手を責めずに自分を省みる、というのは『孟子』離婁上の「行ひて得ざる者有らば、皆反りて諸を己に求む」を踏まえた考え方でしょう。結びの「我先づ服して」は、言う本人がまずその道理に心から従っているかという問いです。正論が通らないと感じたとき、その言い方に四つのどれかが混じっていないか点検してみる材料になります。
この章句が説くこと
説得自反正論率先垂範心術
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