言志四録 / 言志録 第百八十八条 言語序無き者
病狂人言語無序。則言語無序者。其去病狂也不遠。
書き下し
病狂の人は言語に序無し。則ち言語に序無き者は、其の病狂を去ること遠からず。
現代語訳
心を病んだ人は言葉に筋道がない。とすれば、言葉に筋道のない者は、心を病んだ状態からそう遠くはない。
解説
前条のうわごとに続いて、言葉の筋道と心の関係を論じています。「序」は順序、筋道のこと。心が乱れると言葉の順序が崩れるのだから、逆に、ふだんから言葉に筋道のない人は心の統御がゆるんでいる、というのが一斎の論理です。現代から見ると表現は強いものですが、言わんとするところは、言葉の整い方は心の整い方の反映であるという点にあります。一斎は言葉を単なる伝達の道具ではなく、心の状態がにじみ出るものとして見ていました。話が散らかるとき、それは準備不足なのか、心に余裕がないのか、自分の言葉の乱れを手がかりに内側を点検してみる材料になります。
この章句が説くこと
言葉心術筋道自省
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷下一日、去る処に出て給ふ時、小用の次、路の傍なるたまり水にて口を灌ぎ手を洗ひ給ふ。一僧清くもなき水なりと云ふ。師曰く、我口よりは清かるべしと也
-
『幽夢影』巻上・惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く目は自ら見る能はず、鼻は自ら嗅ぐ能はず、舌は自ら舐むる能はず、手は自ら握る能はず、惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く。
-
『格言聯璧』持躬類・語言の間に盡く德を積むべし言動を妻子僕隸の間に愼み、身心を食息起居の際に檢す。 語言の間に盡く德を積むべく、妻子の間も亦た是れ身を修む。 晝は之を妻子に驗して、以て其の行ひの篤きと否とを觀る。 夜は之を夢寐に考へて、以て其の志の定まると否とを卜す。
-
『酔古堂剣掃』集奇・獨坐しては心を防ぐ群居しては口を閉ぢ、獨坐しては心を防ぐ。
-
人物志・八觀其の言甚だ懌べども、精色従わざる者は、中に違う有るなり。其の言違う有れども、精色信ずべき者は、辞の敏ならざるなり。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一宋土の寺院なんどには都て雑談をせざれば、其やうなること、をも云はざるなり、吾が国も近ごろ建仁寺の僧正存生の時は、一向あからさまにも此の如きの言語出来らず、滅後にも存世の時の弟子等、少々残りとヾまりたりし時は一切に云はざりき、近ごろ此の七八年より以来、今ま出の若き人たち時々談ずるなり、存外の次第なり、聖教の中にも麁强悪業令人覚悟無利言説能障正道とありて、只うち出して云処の言ばすら、無利の言説は障道の因縁なり況やかくの如きの言語は、ことばに引れて即ち心も起りつべし、最も用心すべきなり、故さらにかくなん云はじとせずとも、悪きことゝ知りなば漸々に退治すべきなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る