幽夢影 / 巻上・惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く
目不能自見,鼻不能自嗅,舌不能自舐,手不能自握,惟耳能自聞其聲。
新字:目不能自見,鼻不能自嗅,舌不能自舐,手不能自握,惟耳能自聞其声。
書き下し
目は自ら見る能はず、鼻は自ら嗅ぐ能はず、舌は自ら舐むる能はず、手は自ら握る能はず、惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く。
現代語訳
目は自分自身を見ることができません。鼻は自分自身のにおいを嗅ぐことができません。舌は自分自身をなめることができません。手は自分自身を握ることができません。ただ耳だけが、自分の声を聞くことができるのです。
解説
五つの感覚器官のうち、耳だけが自分の出したものを受け取れるという観察を述べた一則です。目は自分を見られず、鼻は自分を嗅げず、舌も手も自分自身には向かえません。ところが耳は、自分の口から出た声を聞くことができます。そこから、自分を知る手がかりは耳にあるという含みも読み取れます。弟の張木山は、心ここにあらざれば聴けども聞こえずという大学の言葉を引き、兄さんは私をだますのかとやり返しています。釈師昂は、眉と目は近すぎて互いを知らないという古人の言葉を添えました。自分の話す言葉を自分の耳で聞き直す習慣は、話し方を磨く確かな方法です。
この章句が説くこと
修身自省感覚機知言葉
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