驢鞍橋 / 卷下
一日、去る處に出て給ふ時、小用の次、路の傍なるたまり水にて口を灌ぎ手を洗ひ給ふ。一僧淸くもなき水なりと云ふ。師曰く、我口よりは淸かるべしと也
新字:一日、去る処に出て給ふ時、小用の次、路の傍なるたまり水にて口を灌ぎ手を洗ひ給ふ。一僧清くもなき水なりと云ふ。師曰く、我口よりは清かるべしと也
書き下し
一日、去る処に出て給ふ時、小用の次、路の傍なるたまり水にて口を灌ぎ手を洗ひ給ふ。一僧清くもなき水なりと云ふ。師曰く、我口よりは清かるべしと也
現代語訳
ある日、ある所に出かけられたとき、小用のついでに、道端の溜まり水で口をすすぎ、手を洗われた。一人の僧が、清くもない水です、と言った。師は言われた。私の口よりは清いだろう、と。
解説
道端の溜まり水で口をすすぐ正三に、弟子が、汚い水ですよ、と言うと、正三は、自分の口よりはきれいだろう、と答える。わずか一言だが、水を汚いと見下す心を退け、日々悪口や妄語を吐く自分の口のほうがよほど汚れているのではないか、と自らを省みている。外のものの清濁を気にするより、自分の内側の汚れに目を向けよ、という教えを、ユーモアを交えて示した短い逸話である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
清浄自省言葉ユーモア内側逸話
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