酔古堂剣掃 / 集奇・獨坐しては心を防ぐ
群居閉口,獨坐防心。
新字:群居閉口,独坐防心。
書き下し
群居しては口を閉ぢ、獨坐しては心を防ぐ。
現代語訳
人の中にいるときは口を閉ざし、ひとりで座っているときは心を守ります。
解説
人といるときと、ひとりのときの心得を、わずか八字で示した一句です。群居は人と一緒にいること、群れて暮らすことです。そのときは口を慎み、余計なことを言わないようにします。言葉の過ちは、人の中でこそ起こりやすいからです。独坐はひとりで座っていること、防心は心を守る、つまり雑念や邪念が入り込まないように気をつけることです。人の目がないときこそ、心はゆるみやすく、よからぬ思いが湧きやすいのです。これは『中庸』などで説かれる慎独、すなわち独りを慎むという教えにも通じます。人前での言葉と、ひとりのときの心、その両方を整えることが修養の基本なのでしょう。
この章句が説くこと
慎独沈黙修身言葉自省
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・談道・言ふ無きは即ち隱す無し「予言ふこと無からんと欲す」とは、雅言に非ず、言の顯はす能はざる所の者なり。「吾隱す無きのみ」とは、文辭に非ず、性と天道なり。說かんとすれば便ち說き來たらず、藏さんとすれば也た藏し得ず。然らば則ち言ふ無きは即ち隱す無きなり。學者の自ら悟るに在るのみ。天地何ぞ嘗て言はん、何ぞ嘗て隱さん。是を以て知る、言もて傳ふ可からざる者は、皆な日用事物に流行する者なることを。
-
『呻吟語』内篇・修身・言の上乘當に說くべき處に到りて、一句便ち千鈞の力有り。卻って又た激せず疏ならず。此れは是れ言の上乘なり。此を除きては十たび緘するも亦た妨げず。
-
『酔古堂剣掃』集韻・人語れば亦た語る人語れば亦た語れば、其の口を鉗むに昧きを詆り、人默せば亦た默せば、其の雌黃に短きを訾る。
-
『夜船閑話』本文此時人に尋ねて路頭を指すことを用ひず。只要す、尋常言語を省略して、爾の元気を長養せんことを。是故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心気を養ふ者は常に黙すと。
-
『驢鞍橋』卷下一日、去る処に出て給ふ時、小用の次、路の傍なるたまり水にて口を灌ぎ手を洗ひ給ふ。一僧清くもなき水なりと云ふ。師曰く、我口よりは清かるべしと也
-
『幽夢影』巻上・惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く目は自ら見る能はず、鼻は自ら嗅ぐ能はず、舌は自ら舐むる能はず、手は自ら握る能はず、惟だ耳のみ能く自ら其の聲を聞く。