言志四録 / 言志録 第百八十五条 饒舌の時は気暴なり
饒舌之時。自覺氣暴。暴斯餒。安能動人。
新字:饒舌之時。自覚気暴。暴斯餒。安能動人。
書き下し
饒舌の時は、自ら気の暴なるを覚ゆ。暴なれば斯ち餒う。安んぞ能く人を動かさん。
現代語訳
しゃべりすぎているときは、自分でも気が荒れているのがわかる。気が荒れれば、かえって気は萎えてしまう。そんなことでどうして人を動かすことができようか。
解説
前条の「聒聒として口に騰する」を受けて、しゃべりすぎる者の内側を見つめた一条です。「暴」と「餒」は『孟子』公孫丑上の浩然の気の議論を踏まえた語で、孟子は「其の志を持して、其の気を暴すること無かれ」と言い、道義に裏づけられない気は「餒う(飢えてしぼむ)」と述べました。饒舌は気が充実している印ではなく、むしろ気が乱れて空回りしている状態であり、その先には気の衰えが待っているというのです。言葉数で相手を押し切ろうとしているとき、自分の気がどう動いているかを省みると、説得の仕方も変わってくるかもしれません。
この章句が説くこと
饒舌気浩然の気説得心術
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 第二百十五条 得意の時は言語を饒くす人意を得る時は輙ち言語を饒くし、意に逆ふ時は即ち声色を動かす。皆養の足らざるを見る。
-
言志四録・言志耋録 第三百十三条 其の志を持し其の気を暴ふなかれ「其の志を持して、其の気を暴ふこと無かれ」と。此の訓は養生に於ても亦益有り。
-
言志四録・言志後録 第二百十九条 心躁なれば則ち動妄心躁なれば則ち動妄なり。心蕩なれば則ち視浮なり。心歉なれば則ち気餒う。心忽なれば則ち貌惰る。心傲なれば則ち色矜る。昔人嘗て此の言有り。之を誦して覚えず惕然たり。
-
言志四録・言志録 第百六十二条 神帥ゐて気従ふ耳目手足は、都べて神帥ゐて気従ひ、気導きて体動くを要す。
-
言志四録・言志録 第百九十三条 我先づ服して後に人服す理到るの言は、人服せざるを得ず。然れども其の言激する所有れば則ち服せず。強ふる所有れば則ち服せず。挾む所有れば則ち服せず。便する所有れば則ち服せず。凡そ理到りて人服せざるは、君子必ず自ら反る。我先づ服して、而る後に人之に服す。
-
言志四録・言志後録 第百九十二条 語は簡にして意達す人と語るには、大いに発露して傾倒に過ぐべからず。只だ語簡にして意達するを要す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る