言志四録 / 言志録 第百七十七条 君師一なり
聰明叡知。能盡其性者。君師也。君之誥命。即師之敎訓。無二也。迨世之下。君師判焉。師道之立。君道之衰也。故五倫之目。有君臣而無師弟。非無師弟。君臣即師弟。不必別立目。或謂朋友兼師弟者悞。
新字:聰明叡知。能尽其性者。君師也。君之誥命。即師之教訓。無二也。迨世之下。君師判焉。師道之立。君道之衰也。故五倫之目。有君臣而無師弟。非無師弟。君臣即師弟。不必別立目。或謂朋友兼師弟者悞。
書き下し
聡明叡知、能く其の性を尽す者は、君師なり。君の誥命は、即ち師の教訓にして、二無きなり。世の下るに迨びて、君師判る。師道の立つは、君道の衰へなり。故に五倫の目に、君臣有りて師弟無し。師弟無きに非ず、君臣即ち師弟にして、必ずしも別に目を立てず。或は朋友は師弟を兼ぬと謂ふ者は誤れり。
現代語訳
聡明で叡智に富み、自分の本性を十分に発揮し尽くすことのできる者が、君であり師である。君主の命令はそのまま師の教えであって、二つに分かれたものではない。時代が下るにつれて、君と師とが分かれてしまった。師の道が(君とは別に)立つようになったのは、君主の道が衰えたからである。だから五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)の項目には君臣はあっても師弟はない。師弟の関係がないのではなく、君臣がそのまま師弟なのであって、わざわざ別の項目を立てる必要がなかったのである。ある人が、朋友の項目が師弟を兼ねていると言うのは誤りである。
解説
朱子の『大学章句』序にある、聡明叡知で性を尽くす者を天が億兆の「君師」としたという考えを踏まえた一条です。古の理想の世では、治める者と教える者は同一であり、君主の命令はそのまま教えでした。時代が下って君主が徳を失ったため、教える役目が別に「師」として立つようになった。だから師道の独立は君道の衰えの表れだ、と一斎は言います。五倫に師弟がないのも、君臣がそのまま師弟だったからだという解釈はなかなか独特です。儒官として教えることを仕事とした一斎が、師道の成立を君道の衰えと見ている点に、深い含意があります。人を率いる者は同時に人を育てる者でもあるべきだ、という問いを投げかけます。
この章句が説くこと
君師師道五倫教育リーダーシップ
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