言志四録 / 言志録 第百六十九条 洋説の理に近きを戒む
泰西之說。已有漸盛之機。其所謂窮理。足以驚人。昔者程子以佛氏之近理爲害。而今洋說之近理。甚於佛氏。且其所出奇技淫巧。導人奢侈。使人不覺駸駸然入於其中。學者當亦以淫聲美色待之。
新字:泰西之説。已有漸盛之機。其所謂窮理。足以驚人。昔者程子以仏氏之近理為害。而今洋説之近理。甚於仏氏。且其所出奇技淫巧。導人奢侈。使人不覚駸駸然入於其中。学者当亦以淫声美色待之。
書き下し
泰西の説、已に漸く盛んなるの機有り。其の所謂窮理は、以て人を驚かすに足る。昔者程子は仏氏の理に近きを以て害と為せり。而るに今洋説の理に近きは、仏氏より甚だし。且つ其の出す所の奇技淫巧は、人を奢侈に導き、人をして覚えず駸駸然として其の中に入らしむ。学者当に亦淫声美色を以て之を待つべし。
現代語訳
西洋の学説は、すでにしだいに盛んになる兆しがある。その言う窮理(自然の探究)は、人を驚かせるに足るものである。昔、程子(宋の儒者、程頤・程顥)は、仏教がいかにも理にかなっているように見えることを害だとした。ところが今、西洋の学説が理に近いように見えることは、仏教よりもはなはだしい。そのうえ西洋の生み出す珍奇な技術や贅沢な細工物は、人を奢侈に導き、知らず知らずのうちにずんずんとその中に引き込んでしまう。学ぶ者は、これを淫らな音楽や美しい色香と同じように警戒して扱うべきである。
解説
蘭学が広まりつつあった時代の、儒者としての警戒を記した一条です。一斎は西洋の窮理、すなわち自然科学の説得力を認めたうえで、程子が仏教を「理に近いからこそ害が大きい」と見たのと同じく、洋学はそれ以上に理に近く見えるので危ういと言います。さらに西洋の奇技淫巧、珍しい器物や技術は人を奢侈に導くとして、淫声美色と同じく距離を置けと説きます。のちに門下から佐久間象山のような洋学の推進者が出たことを思うと、時代の転換点での一つの見方として興味深いものです。新しい技術に向き合うとき、その力を認めつつ、何に流されやすいかを見極める視点として読めます。
この章句が説くこと
洋学窮理奢侈警戒新技術
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