格言聯璧 / 持躬類・信足らざれば則ち多言
才不足則多謀,識不足則多事,威不足則多怒,信不足則多言,勇不足則多勞,明不足則多察,理不足則多辯,情不足則多儀。 私恩煦感,仁之賊也。直往輕擔,義之賊也。
新字:才不足則多謀,識不足則多事,威不足則多怒,信不足則多言,勇不足則多労,明不足則多察,理不足則多弁,情不足則多儀。 私恩煦感,仁之賊也。直往軽担,義之賊也。
書き下し
才足らざれば則ち謀多く、識足らざれば則ち事多く、威足らざれば則ち怒り多く、信足らざれば則ち言多く、勇足らざれば則ち勞多く、明足らざれば則ち察多く、理足らざれば則ち辯多く、情足らざれば則ち儀多し。 私恩もて煦感するは、仁の賊なり。直往して輕く擔ふは、義の賊なり。
現代語訳
才能が足りないと策略が多くなり、見識が足りないと余計な事が多くなり、威厳が足りないと怒ることが多くなり、信頼が足りないと言葉が多くなり、勇気が足りないと骨折りが多くなり、明察が足りないと詮索が多くなり、道理が足りないと言い争いが多くなり、真情が足りないと儀礼が多くなります。 私的な恩を施して人を温めて感動させるのは、仁を損なう賊です。まっすぐに突き進んで軽々しく引き受けるのは、義を損なう賊です。
解説
前半は「足らざれば則ち多し」を八回重ねた聯で、何かが足りないとき人はそれを量で補おうとするという鋭い観察です。威厳がないから怒鳴り、信頼がないから言葉を重ね、道理がないから言い争い、真情がないから形式的な儀礼を増やすというのです。自分の振る舞いのなかで「多い」ものに気づけば、足りないものが見えてきます。後半は仁・義・礼・智・信の五常の偽物を挙げる列の始まりで、次の単位まで続きます。私的な恩で人を手なずけるのは仁の賊、軽々しく引き受けるのは義の賊です。本物の徳とそれに似た偽物を見分ける眼を養わせてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自省信頼持躬五常威厳
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