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言志四録 / 言志録 第百四十七条 伯魚庭を趨る

伯魚趨庭。始聞詩禮。時年葢已過二十。古者易子而敎之。則伯魚必既從學矣。而趨庭之前未聞詩禮。所學者何事。陳亢亦喜於問一得三。則似前此未學詩禮。此等處學者宜深思之。

新字:伯魚趨庭。始聞詩礼。時年葢已過二十。古者易子而教之。則伯魚必既従学矣。而趨庭之前未聞詩礼。所学者何事。陳亢亦喜於問一得三。則似前此未学詩礼。此等処学者宜深思之。

書き下し

伯魚庭を趨りて、始めて詩礼を聞く。時に年蓋し已に二十を過ぐ。古は子を易へて之を教ふ。則ち伯魚必ず既に学に従へり。而るに庭を趨るの前に未だ詩礼を聞かず。学ぶ所の者は何事ぞ。陳亢も亦一を問ひて三を得るを喜ぶ。則ち此より前未だ詩礼を学ばざるに似たり。此等の処、学者宜しく深く之を思ふべし。

現代語訳

伯魚(孔子の子、孔鯉)は庭を小走りに通ったときに、初めて父から詩と礼を学べと聞かされた。そのとき年はおそらくすでに二十を過ぎていた。昔は子を取り替えて互いの子を教えたのだから、伯魚も必ずすでに師について学んでいたはずである。それなのに庭を通る前にまだ詩と礼を聞いていなかったとすれば、それまで学んでいたのは何だったのか。陳亢(孔子の弟子)もまた、一つを問うて三つを得たと喜んでいるから、それ以前にはまだ詩と礼を学んでいなかったようである。こうしたところを、学ぶ者は深く考えるべきである。

解説

論語季氏篇の、孔子が庭を小走りに通る息子の伯魚を呼び止め、「詩を学ばずんば以て言ふこと無し」「礼を学ばずんば以て立つこと無し」と教えた場面を取り上げています。陳亢はこれを聞いて、詩と礼と、君子が自分の子を特別扱いしないこととの三つを知ったと喜びました。一斎は、二十歳を過ぎ、すでに他の師について学んでいたはずの伯魚が、なぜこの時初めて詩礼を聞いたのかと疑問を投げかけます。詩礼は書物として習う知識ではなく、ある段階に至って初めて本当に耳に入る教えなのではないか、と考えさせる問いです。同じ言葉でも、受け取る側の準備が整ったときに初めて届くことがある、という示唆として読めます。

この章句が説くこと

学問庭訓詩礼教育時機

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