言志四録 / 言志録 第百四十六条 衰颯の気象
孔門諸子。或闇闇如。或行行如。或侃侃如。氣象何等剛直明快。今之學者。終歲爲故紙陳編所驅役。神氣奄奄不奮。養成一種衰颯氣象。與孔門諸子霄壤。
新字:孔門諸子。或闇闇如。或行行如。或侃侃如。気象何等剛直明快。今之学者。終歳為故紙陳編所駆役。神気奄奄不奮。養成一種衰颯気象。与孔門諸子霄壤。
書き下し
孔門の諸子は、或は闇闇如たり、或は行行如たり、或は侃侃如たり。気象何等ぞ剛直明快なる。今の学者は、終歳故紙陳編の為に駆役せられ、神気奄奄として奮はず、一種衰颯の気象を養成す。孔門の諸子と霄壌なり。
現代語訳
孔子の門下の弟子たちは、ある者は穏やかに筋を通し、ある者は剛強で勇ましく、ある者は和やかながら堂々と直言した。その気風はなんと剛直で明快であったことか。ところが今の学者は、一年中古びた紙や古い書物に追い使われ、精気は息も絶え絶えで奮い立たず、一種の衰えしぼんだ気風を養ってしまっている。孔門の弟子たちとは天と地ほどの違いである。
解説
論語先進篇の、閔子騫は誾誾如(穏やかに筋を通す)、子路は行行如(剛強)、冉有・子貢は侃侃如(和やかに直言する)であったという場面を踏まえた一条です(原文は「闇闇」と記します)。孔子の弟子たちは気質こそ違え、みな剛直で明快な気象を持っていたのに、今の学者は古い書物に一年中こき使われ、生気のない衰えた気風に染まっていると嘆きます。前の条の、書を手放さない老学者への批判と同じ筋です。学問は人を生き生きさせるはずのものであって、知識に埋もれてしおれてしまっては本末転倒だという指摘です。勉強や情報収集に追われて、かえって元気を失っていないか、振り返らせる一条です。
この章句が説くこと
学問気象剛直読書活力
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