言志四録 / 言志録 第百四十条 経を読むの注脚
方讀經時。須把我所遭人情事變做注脚。臨處事時。則須倒把聖賢言語做注脚。庶乎事理融會。見得學問不離日用意思。
新字:方読経時。須把我所遭人情事変做注脚。臨処事時。則須倒把聖賢言語做注脚。庶乎事理融会。見得学問不離日用意思。
書き下し
方に経を読む時は、須らく我が遭ふ所の人情事変を把りて注脚と做すべし。事を処するの時に臨みては、則ち須らく倒に聖賢の言語を把りて注脚と做すべし。事理融会して、学問の日用を離れざるの意思を見得るに庶からん。
現代語訳
経書を読んでいるときは、自分が出会った人の心の動きや出来事の変化を、その注釈とするのがよい。実際に事に当たるときには、逆に聖賢の言葉を、その事の注釈とするのがよい。そうすれば事実と道理とが溶け合って、学問が日常の営みから離れたものではないという意味を会得するのに近づくだろう。
解説
読書と実務を往復させる方法を説いた、よく引かれる一条です。経書を読むときは自分の体験を注釈にし、実務に当たるときは聖賢の言葉を注釈にする。書物の言葉は体験によって血肉を得、体験は言葉によって筋道を与えられます。「注脚」とは本文の下に付ける注のことで、読書と経験のどちらを本文、どちらを注にするかを入れ替えるところに妙味があります。昌平坂学問所で経書を講じながら、藩政にも関わった一斎らしい学問観です。本で学んだことを現場で確かめ、現場の出来事を本の言葉で整理する。その往復ができているかを振り返る手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
読書学問実践日用知行合一
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