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言志四録 / 言志録 第百三十九条 亡霊の形を現す理

亡靈現形。往往有之。葢其人於未死之時。或切思慕。或極憤恨。氣既凝結遍身。身雖死而氣之凝結者不散。因或爲祟爲厲。然聚者無不散之理。譬猶冬月貯水於器。凍沍成氷。器雖毀而氷尙存。終亦不能不漸盡。

新字:亡霊現形。往往有之。葢其人於未死之時。或切思慕。或極憤恨。気既凝結遍身。身雖死而気之凝結者不散。因或為祟為厲。然聚者無不散之理。譬猶冬月貯水於器。凍沍成氷。器雖毀而氷尚存。終亦不能不漸尽。

書き下し

亡霊の形を現はすこと、往往之有り。蓋し其の人未だ死せざるの時に於て、或は切に思慕し、或は極めて憤恨し、気既に遍身に凝結す。身死すと雖も、気の凝結せる者散ぜず。因りて或は祟を為し厲を為す。然れども聚まる者は散ぜざるの理無し。譬へば猶ほ冬月水を器に貯ふれば、凍沍して氷と成り、器毀るると雖も氷尚ほ存し、終に亦漸く尽きざる能はざるがごとし。

現代語訳

亡霊が姿を現すことは、しばしばある。思うに、その人がまだ死なないうちに、あるいは切実に誰かを慕い、あるいはひどく憤り恨んで、その気がすでに全身に凝り固まっていたのである。身は死んでも、凝り固まった気は散らない。そのためにたたりをなしたり、悪霊となったりする。しかし、集まったものが散らないという道理はない。たとえば冬に器に水を貯えておくと、凍りついて氷になり、器が壊れても氷はなお残っているが、結局はしだいに溶けて尽きずにはいないようなものである。

解説

亡霊や祟りを、朱子学の「気」の理論で説明した一条です。万物は気の集散によって生じ、人が死ねば気は散ってゆくと考えるのが朱子学の基本です。一斎は、強い思慕や怨恨によって生前に凝り固まった気は、死後もしばらく散らずに残ると見ます。ただし集まったものは必ず散るのが理であり、器が壊れても残る氷がやがて溶けるように、それも永久ではないと言います。怪異を頭から否定せず、しかし理の枠内で落ち着いて説明しようとする姿勢が見えます。強い執着や恨みがいかに長く尾を引くか、そしてそれもいずれ解けるものだという見方は、人の感情を扱う場面でも示唆があります。

この章句が説くこと

気亡霊集散執着理

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