言志四録 / 南洲手抄
聖人安死。賢人分死。常人恐死。
書き下し
聖人は死を安んず。賢人は死を分とす。常人は死を恐る。
現代語訳
聖人は死を安らかに受け入れる。賢人は死を当然の分(さだめ)として引き受ける。普通の人は死を恐れる。
解説
死に対する態度を三段階で示した一条です。聖人は死を昼夜の移ろいのように安んじて受け入れ、賢人は「これが人の分だ」と当然のものとして引き受け、常人はただ恐れる。ここでも現実的な目標は「賢人」の姿——死を特別視して恐れるのでなく、生の必然的な一部として静かに引き受ける態度です。死をどう見るかは、そのまま生をどう生きるかに直結します。西郷隆盛が抄録に含めたこの生死観は、後続の二十・二十一番でさらに深く展開されていきます。
この章句が説くこと
生死観死を安んず分覚悟
関連する章句
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『楽訓』巻之下・後論富貴をきはめて、万の事心のままなる人も、唯命のさいはひのみ心にかなはず。されども是また生れつきて天命の定まれる所なれば、みじかしとて悲むべき理にあらず。此理に達し、天命を楽みて、身ををはるべし。死ぬる時、もし苦みかなしまば、平生楽めりとも、かひなかるべし。をはりを慎むべし。たとへば松は千年をたもち、槿花は唯一日のみ。長短各ことなり。是生れつきて定まれる分あれば、みじかきは長きを羨むべからず、各其分を安んずべし。
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『呻吟語』内篇・修身・分外に好き底は無し世上に個の分外に好き底無し。便ち天地位し萬物育するの功用に到るも、也た是れ性分の中に應に盡くすべき底の事業なり。今人才かに一善有れば、便ち人に向かひて矜色有り、便ち世上の人都て不是有るを見得たりと。余甚だ之を恥づ。若し分外に好しと說はば、這は又た是れ賢智の過なり、便ち是れ好からず。
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『呻吟語』内篇・修身・心を養ふには先づ個の分を知るを要す性する所の分定は原と是れ限量無き的なり、終身之を行ひて盡きず。此の外は都て是れ人欲なり。最も一毫の歆羨心を萌す可からず。天の人を生ずるに各おの一定の分涯有り、聖人の人を制するに各おの一定の品節有り。之を譬ふれば擔夫の肩輿を欲し、丐人の鼎食を欲するがごとし。徒爾らに心を勞するも、竟に亦た何の益あらん。嗟夫、篡奪の由りて生ずる所、大亂の由りて起こる所は、皆な其の分內の足るに安んぜざるを恥ぢて、惟だ分外の者の貪る可く欲す可きを見るが故なり。故に學者心を養ふには先づ個の分を知るを要す。
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『呻吟語』内篇・問學・學は分を明らかにするより大なるは莫し學は分を明らかにするより大なるは莫し。德に進むは是れ性分なるを知るを要し、業を修むるは是れ職分なるを知るを要し、遇ふ所の窮通は是れ定分なるを知るを要す。
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『呻吟語』内篇・修身・性分・職分・名分・勢分性分・職分・名分・勢分、此の四つの者は、宇內の大物なり。性分・職分は己に在り、己に在る者は盡くさざる可からず。名分・勢分は上に在り、上に在る者は守らざる可からず。
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荀子・富国篇萬物は宇を同じくして體を異にし、宜無くして用有るは人の為なるは、數なり。人倫並び處り、求めを同じくして道を異にし、欲を同じくして知を異にするは、生なり。皆可とする有るは、知愚同じ。可とする所の異なるは、知愚分かるるなり。埶同じくして知異なり、私を行いて禍無く、欲を縱にして窮せざれば、則ち民心奮いて説ばしむべからざるなり。是の如くんば、則ち知者未だ治を得ざるなり。知者未だ治を得ざれば、則ち功名未だ成らざるなり。功名未だ成らざれば、則ち群衆未だ縣らざるなり。群衆未だ縣らざれば、則ち君臣未だ立たざるなり。君の以て臣を制する無く、上の以て下を制する無ければ、天下の害は欲を縱にするより生ず。欲惡は物を同じくし、欲は多くして物は寡し、寡なければ則ち必ず爭わん。故に百技の成す所は、一人を養う所以なり。而して能あるも技を兼ぬること能わず、人は官を兼ぬること能わず。離居して相待たざれば則ち窮し、群居して分無ければ則ち爭う。窮は患なり、爭は禍なり。患を救い禍を除くには、則ち分を明らかにして群せしむるに若くは莫し。彊は弱を脅かし、知は愚を懼れしめ、民下は上に違い、少は長を陵ぎ、徳を以て政を為さざれば、是の如くんば則ち老弱は養いを失うの憂い有り、而して壮者は分爭の禍有らん。事業は惡む所なり、功利は好む所なり、職業に分無くんば、是の如くんば則ち人は事を樹つるの患有り、而して功を爭うの禍有らん。男女の合、夫婦の分、婚姻娉内、送逆に禮無くんば、是の如くんば則ち人は合を失うの憂い有り、而して色を爭うの禍有らん。故に知者は之が分を為すなり。

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