言志四録 / 言志録 第百十七条 君長の始め
上古之時無人君。無百官有司。人各食其力以爲生。殆與禽獸等耳。當是之時。强陵弱。衆暴寡。有不得遂其生者。其間有才德出於衆者。則人必有來控以情。請宰斷者。於是。往而爲理解之。强者衆者。屈於其直而服於其義。不敢復陵暴。弱者寡者。因以得遂其生。如此者漸多。遂至於群然來控。不能自食其力。勢不得不拒絕之。於是。衆必相議曰。微是人。患復作。盍各出衣食以給之。使是人無復食力之勞。則必能爲我肯專任之。衆議乃諧。以是再請。才德者果諾之。是則君長之始。而貢賦之所由起也。如是者彼此有之。其間又有才德大卓越乎衆者。次者亦皆來聽命焉。推而上之。以第一等才德者置諸第一等地位。乃億兆之君師是也。孟子所謂得乎邱民而爲天子。意亦與此類。
新字:上古之時無人君。無百官有司。人各食其力以為生。殆与禽獣等耳。当是之時。強陵弱。衆暴寡。有不得遂其生者。其間有才徳出於衆者。則人必有来控以情。請宰断者。於是。往而為理解之。強者衆者。屈於其直而服於其義。不敢復陵暴。弱者寡者。因以得遂其生。如此者漸多。遂至於群然来控。不能自食其力。勢不得不拒絶之。於是。衆必相議曰。微是人。患復作。盍各出衣食以給之。使是人無復食力之労。則必能為我肯専任之。衆議乃諧。以是再請。才徳者果諾之。是則君長之始。而貢賦之所由起也。如是者彼此有之。其間又有才徳大卓越乎衆者。次者亦皆来聴命焉。推而上之。以第一等才徳者置諸第一等地位。乃億兆之君師是也。孟子所謂得乎邱民而為天子。意亦与此類。
書き下し
上古の時は人君無く、百官有司無し。人各其の力を食みて以て生を為す。殆ど禽獣と等しきのみ。是の時に当りて、強は弱を陵ぎ、衆は寡を暴し、其の生を遂ぐるを得ざる者有り。其の間に才徳の衆に出づる者有れば、則ち人必ず来りて控ふるに情を以てし、宰断を請ふ者有り。是に於て、往きて為に之を理解す。強者衆者は、其の直に屈して其の義に服し、敢へて復た陵暴せず。弱者寡者は、因りて以て其の生を遂ぐるを得。此くの如き者漸く多く、遂に群然として来り控ふるに至り、自ら其の力を食むこと能はず、勢ひ之を拒絶せざるを得ず。是に於て、衆必ず相議して曰く、「是の人微かりせば、患ひ復た作らん。盍ぞ各衣食を出して以て之に給し、是の人をして復た力を食むの労無からしめざる。則ち必ず能く我が為に肯へて専任せん」と。衆議乃ち諧ひ、是を以て再び請ふ。才徳ある者果して之を諾す。是れ則ち君長の始めにして、貢賦の由りて起る所なり。是くの如き者彼此に之有り。其の間に又才徳の大いに衆に卓越する者有れば、次なる者も亦皆来りて命を聴く。推して之を上し、第一等の才徳ある者を以て諸を第一等の地位に置く。乃ち億兆の君師是れなり。孟子の所謂「丘民に得られて天子と為る」も、意亦此と類す。
現代語訳
大昔には君主もおらず、役人もいなかった。人はそれぞれ自分の力で食べて生きており、ほとんど鳥や獣と変わらなかった。その時代には、強い者が弱い者をしのぎ、多数が少数を虐げ、生を全うできない者がいた。その中に、才能と徳が人並みすぐれた者がいると、人々は必ずやって来て事情を訴え、裁きを求めた。そこでその人は出かけていって、争いを筋道立てて解決してやった。強い者や多数の者は、その正しさに屈し、その道義に服して、二度と弱い者を虐げなかった。弱い者や少数の者は、それによって生を全うすることができた。このようなことが次第に増え、ついには群れをなして訴えに来るようになり、その人は自分で働いて食べていくことができなくなって、成り行き上、訴えを断らざるをえなくなった。そこで人々は必ず相談してこう言った。「この人がいなければ、災いがまた起こるだろう。それぞれが衣食を出し合ってこの人に供給し、この人が自分で働いて食べる苦労をしなくて済むようにしてはどうか。そうすれば、きっと我々のために専念して引き受けてくれるだろう」。人々の意見がまとまり、そのうえで改めて頼むと、才徳ある人はこれを承諾した。これが君長の始まりであり、租税の起こりである。このような者はあちこちに現れた。その中にさらに才徳が大いに人々に抜きん出た者がいると、それに次ぐ者たちもみなやって来てその命に従った。こうして推し上げていき、最もすぐれた才徳をもつ者を最も高い地位に置いた。それが億万の民の君主であり師である。孟子が言う「民衆の心を得て天子となる」というのも、意味はこれと同じようなものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・衛霊公篇子曰わく、過ちて改めざる、これを過ちという。
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