言志四録 / 言志録 第百十六条 舜の為に孝名を願はず
古今以舜爲大孝人。舜固大孝矣。然余爲舜不願稱此名。舜果爲孝子歟。聞其有此名。必將竦然惴懼。不翅膚受砭刺。葢舜之孝名。由瞽瞍之不慈而顯。使瞽瞍爲慈父。則舜之孝亦泯然無迹。此固其所願也。乃不得然。故舜只憂苦百端。負罪引慝。爲父隱之。思己寧得不孝之謗。而不使親之不慈暴白。然而天下後世論已定。推舜以爲古今第一等孝子。而目瞽瞍以爲古今第一等不慈。夫舜之孝名不可磨滅。則瞽瞍之不慈亦不可磨滅。使舜知之。必有不勝痛苦者。故曰爲舜不願稱此名。
新字:古今以舜為大孝人。舜固大孝矣。然余為舜不願称此名。舜果為孝子歟。聞其有此名。必将竦然惴懼。不翅膚受砭刺。葢舜之孝名。由瞽瞍之不慈而顕。使瞽瞍為慈父。則舜之孝亦泯然無迹。此固其所願也。乃不得然。故舜只憂苦百端。負罪引慝。為父隠之。思己寧得不孝之謗。而不使親之不慈暴白。然而天下後世論已定。推舜以為古今第一等孝子。而目瞽瞍以為古今第一等不慈。夫舜之孝名不可磨滅。則瞽瞍之不慈亦不可磨滅。使舜知之。必有不勝痛苦者。故曰為舜不願称此名。
書き下し
古今舜を以て大孝の人と為す。舜は固より大孝なり。然れども余は舜の為に此の名を称するを願はず。舜果して孝子為らんか、其の此の名有るを聞かば、必将に竦然として惴懼し、翅だに膚に砭刺を受くるのみならざらん。蓋し舜の孝名は、瞽瞍の不慈に由りて顕る。瞽瞍をして慈父為らしめば、則ち舜の孝も亦泯然として迹無し。此れ固より其の願ふ所なり。乃ち然るを得ず。故に舜は只だ憂苦百端、罪を負ひ慝を引き、父の為に之を隠し、己寧ろ不孝の謗りを得るとも、親の不慈をして暴白せしめざらんことを思ふ。然り而して天下後世の論已に定まり、舜を推して以て古今第一等の孝子と為し、瞽瞍を目して以て古今第一等の不慈と為す。夫れ舜の孝名磨滅すべからざれば、則ち瞽瞍の不慈も亦磨滅すべからず。舜をして之を知らしめば、必ず痛苦に勝へざる者有らん。故に曰く、舜の為に此の名を称するを願はずと。
現代語訳
昔から今まで、舜を大孝の人としている。舜はもちろん大いなる孝行者である。しかし私は、舜のためにこの名を称えることを願わない。舜がまことの孝子であるなら、自分にこの名があると聞けば、きっと身をすくめて恐れおののき、その苦しみは皮膚に鍼を刺されるどころではないだろう。思うに、舜の孝行の名は、父の瞽瞍が慈愛に欠けていたことによって世に現れたのである。もし瞽瞍が慈愛深い父であったなら、舜の孝行も跡形もなく目立たなかったはずだ。それこそが舜の本来願うところである。ところがそうはならなかった。だから舜はただ百方に憂い苦しみ、罪を自分に引き受け、過ちを自分のせいにして、父のためにその不慈を隠し、自分がむしろ不孝の謗りを受けても、親の不慈が明るみに出ないようにと願った。ところが天下後世の評価はすでに定まり、舜を古今第一の孝子とたたえ、瞽瞍を古今第一の慈愛なき父とみなしている。舜の孝行の名が消えることがない以上、瞽瞍の不慈もまた消えることがない。もし舜がこのことを知ったなら、きっと耐えがたい苦痛を覚えるであろう。だから、舜のためにこの名を称えることを願わない、と言うのである。
解説
この章句が説くこと
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