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言志四録 / 言志録 第百八条 性は天に禀け軀殻は地に受く

性禀諸天。軀殼受諸地。天純粹無形。無形則通。乃一於善而已。地駁雜有形。有形則滯。故兼善惡。地本能承乎天以成功者。如起風雨以生萬物是也。又有時乎風雨壞物。則兼善惡矣。其所謂惡者。亦非眞有惡。由有過不及而然。性之善與軀殼之兼善惡亦如此。

新字:性禀諸天。躯殼受諸地。天純粋無形。無形則通。乃一於善而已。地駁雑有形。有形則滞。故兼善悪。地本能承乎天以成功者。如起風雨以生万物是也。又有時乎風雨壊物。則兼善悪矣。其所謂悪者。亦非真有悪。由有過不及而然。性之善与躯殼之兼善悪亦如此。

書き下し

性は諸を天に禀け、軀殻は諸を地に受く。天は純粋にして形無し。形無ければ則ち通ず。乃ち善に一なるのみ。地は駁雑にして形有り。形有れば則ち滞る。故に善悪を兼ぬ。地は本能く天に承けて以て功を成す者なり。風雨を起して以て万物を生ずるが如き是れなり。又時に風雨の物を壊ること有り。則ち善悪を兼ぬ。其の所謂悪なる者も、亦真に悪有るに非ず。過不及有るに由りて然り。性の善と軀殻の善悪を兼ぬるとも亦此くの如し。

現代語訳

本性は天から授かり、身体は地から受けたものである。天は純粋で形がない。形がないので滞りなく通じる。だからひたすら善であるだけである。地は入り混じっていて形がある。形があるので滞る。だから善と悪とを兼ねる。地はもともと天の意を受けて働きを成し遂げるものであり、風雨を起こして万物を生み育てるのがそれである。しかし時には風雨が物を壊すこともある。これが善と悪とを兼ねるということである。ただし、そこで悪と言われるものも、本当に悪があるわけではない。度が過ぎたり足りなかったりすることによってそうなるのである。本性が善であり、身体が善悪を兼ねるというのも、これと同じである。

解説

前条の問いを受けて、性と身体を天と地の関係で説明した一条です。形のない天は純粋でどこにでも通じるので善そのものですが、形のある地は入り混じって滞るので善悪を兼ねる、と一斎は言います。その例が風雨で、万物を育てる同じ雨風が、時に物を壊します。しかもその悪は実体としての悪ではなく、「過不及」、つまり度合いの行き過ぎや不足にすぎないというのです。悪を独立した実体と見ず、本来善である働きの偏りと見るこの考えは、朱子学の中庸の思想にもつながります。人の欠点も、多くは長所の出すぎや足りなさだと見れば、部下や自分の短所への向き合い方が変わってくるかもしれません。

この章句が説くこと

性善躯殻天地過不及中庸

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