言志四録 / 言志録 第百四条 世禄の法は天下の公
夏后氏而來。人君皆傳於子矣。是世其祿也。人君既自世其祿。而使人臣獨不得世其祿者。斯不亦爲自私乎。故世祿之法。天下之公也。
新字:夏后氏而来。人君皆伝於子矣。是世其禄也。人君既自世其禄。而使人臣独不得世其禄者。斯不亦為自私乎。故世禄之法。天下之公也。
書き下し
夏后氏よりして来、人君は皆子に伝ふ。是れ其の禄を世にするなり。人君既に自ら其の禄を世にして、人臣をして独り其の禄を世にするを得ざらしむるは、斯れ亦自ら私すと為さずや。故に世禄の法は、天下の公なり。
現代語訳
夏王朝以来、君主はみな位を自分の子に伝えてきた。これは自分の禄(地位と俸禄)を世襲することである。君主が自分では禄を世襲しておきながら、臣下にだけ禄の世襲を許さないとすれば、それは自分だけを利する私ではないか。だから、代々禄を受け継ぐ世禄の制度は、天下の公正なあり方なのである。
解説
家臣が代々禄を受け継ぐ世禄の制度を擁護した一条です。堯・舜が賢者に位を譲ったのに対し、夏の禹以後は子に位を伝える世襲となりました。君主が世襲しながら臣下の世襲を否定するのは身勝手だ、というのが一斎の論理です。江戸時代の武家社会は世襲を基本としており、一斎自身も美濃岩村藩の家老の家に生まれました。一方で、儒者の間には賢才登用を重んじて世襲を批判する議論もあり、一斎はそれに対して公平という観点から応じていると読めます。今日の組織で言えば、上に立つ者が自分に許していることを部下には許さない、という二重基準を戒める言葉としても読めるでしょう。
この章句が説くこと
世禄世襲公私為政公平
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