言志四録 / 言志録 第百三条 何ぞ方里九区に拘らん
征止十一。則井田也。經界不慢。則井田也。深耕易耨。則井田也。百姓親睦。則井田也。何必抅抅乎方里九區。然後爲井田哉。
新字:征止十一。則井田也。経界不慢。則井田也。深耕易耨。則井田也。百姓親睦。則井田也。何必抅抅乎方里九区。然後為井田哉。
書き下し
征十一に止まれば、則ち井田なり。経界慢らざれば、則ち井田なり。深く耕し易く耨れば、則ち井田なり。百姓親睦すれば、則ち井田なり。何ぞ必ずしも方里九区に抅抅として、然る後に井田と為さんや。
現代語訳
税の取り立てが収穫の十分の一にとどまっていれば、それが井田である。土地の境界がきちんと守られていれば、それが井田である。田を深く耕し、こまめに草を取っていれば、それが井田である。民が親しみ睦み合っていれば、それが井田である。どうして一里四方を九つの区画に分けるという形式にこだわって、そうしてはじめて井田だとする必要があろうか。
解説
古代の理想的な土地制度とされた井田制を、形式ではなく精神で捉え直した一条です。孟子は、一里四方の田を井の字に九区に分け、中央を公田として共同で耕す制度を説き、仁政は経界を正すことから始まるとも述べました。後世の儒者の中には、この区画の形を復元しようとする議論もありました。一斎は、十分の一の税、境界の尊重、勤勉な耕作、民の和睦という実質が備わっていれば、それがすなわち井田だと言います。古の制度の外形をなぞることにこだわらず、その目的を今に生かせというのです。制度や手法を導入するとき、その形より狙いを実現できているかを問う視点を与えてくれます。
この章句が説くこと
井田為政形式と実質税孟子
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