言志四録 / 言志録 第九十四条 地道は敬に在り
人須守地道。地道在敬。順承乎天而已。
書き下し
人は須らく地道を守るべし。地道は敬に在り。天に順承するのみ。
現代語訳
人は大地の道を守らなければならない。大地の道とは敬(つつしみ)にある。それはただ天に従い、天の意を受けて行うことにほかならない。
解説
ここから数条、天と地、心と身の関係を論じる一連の条が続きます。「地道」は『易』の坤卦に由来する考えで、坤は大地を表し、「乃ち順ひて天を承く」とその徳が説かれます。大地は自ら主張せず、天の雨露や日光を受けて万物を育てます。一斎はその姿に人の守るべき道を見て、要は「敬」、すなわち心を引き締めてつつしむことにあると言います。敬は朱子学で修養の根本とされる語です。己を天の下に置き、天の理に従って黙々と務めを果たす態度とも言えるでしょう。自分の意見を通すことよりも、大きな筋に従って誠実に役割を果たすことの価値を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
敬地道天順承易
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