言志四録 / 言志録 第八十一条 閨門の事は外人識る
人君閨門之事。其好歹外人能識而竊議之。故欲正風俗敦敎化。必起基於此。
新字:人君閨門之事。其好歹外人能識而窃議之。故欲正風俗敦教化。必起基於此。
書き下し
人君閨門の事は、其の好歹、外人能く識りて窃かに之を議す。故に風俗を正し教化を敦くせんと欲せば、必ず基を此に起こす。
現代語訳
君主の家庭内の事は、その良し悪しを外の人がよく知っていて、ひそかに噂し合うものである。だから風俗を正し、教化を厚くしようとするなら、必ずその基礎をここから築かなければならない。
解説
前条の「閫内の治」を、別の角度から述べた一条です。「閨門」は家の奥、夫婦や家族の暮らしのことです。君主の家庭の中のことは、隠しているつもりでも、良いことも悪いことも外の人にはよく知られていて、ひそかに噂されている。だから人々の風俗を正し、教え導こうとするなら、まず君主の家庭から正さなければならない、と一斎は言います。大学の「家斉ひて后に国治まる」の考えを、人の口に戸は立てられないという現実的な観察から裏づけているのが特徴です。上に立つ人の私生活や身内の振る舞いは、本人が思う以上に周りに見られ、組織の空気に影響します。公私の境をどう考えるかを、立場ある人に問いかける言葉です。
この章句が説くこと
修身斉家教化風俗率先垂範公私
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