囲炉夜話 / 第四則・瀝膽披肝の士
賓入幕中,皆瀝膽披肝之士。客登座上,無焦頭爛額之人。
新字:賓入幕中,皆瀝胆披肝之士。客登座上,無焦頭爛額之人。
書き下し
賓の幕中に入るは、皆な膽を瀝ぎ肝を披くの士なり。客の座上に登るは、焦頭爛額の人無し。
現代語訳
幕の内に迎え入れる賓客は、みな胆をしぼり肝を開いて真心を尽くす人です。座敷の上座に上がる客には、頭を焦がし額をただれさせた人はいません(災いが起こる前に防がれているからです)。
解説
焦頭爛額は『漢書』霍光伝の故事を踏まえた語です。ある家に、かまどの煙突を曲げ薪を遠ざけよと忠告した客がいましたが聞き入れられず、火事になると、消火で頭を焦がした人々が上座でもてなされ、忠告した人は招かれなかったという話です。この則は、真心から耳の痛い意見を言う人を幕の内に迎えていれば、そもそも火事は起こらず、焦げた頭の客を上座に据える必要もないと言います。瀝胆披肝は、腹の底をさらけ出して尽くすことです。問題が起きてから火消し役を褒めるより、起きる前に警告してくれる人を大切にせよという教えです。
この章句が説くこと
諫言忠告予防人材用人
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