言志四録 / 言志録 第六十条 経を離るるも亦是れ学
古人讀經以養其心。離經以辨其志。則不獨讀經爲學。而離經亦是學。
新字:古人読経以養其心。離経以弁其志。則不独読経為学。而離経亦是学。
書き下し
古人は経を読みて以て其の心を養ひ、経を離れて以て其の志を弁ず。則ち独り経を読むのみ学と為すにあらず、経を離るるも亦是れ学なり。
現代語訳
昔の人は経書を読んでその心を養い、経書を離れてその志を見きわめた。してみれば、経書を読むことだけが学問なのではなく、経書を離れることもまた学問なのである。
解説
「離経弁志」は礼記の学記篇に出る語で、本来は学び始めの一年目に経書の句読を切り、学ぶ者の志の向きを見分けることを言いました。一斎はこれを大胆に読み替え、経書を離れて自分の志を確かめることも学問だと言います。本を読んで心を養うことは大切だが、本から離れ、自分は何を目指すのかを自分の頭で見きわめる時間もなければ、学問は完成しないというのです。前の二条で草木を育てることや旅の体験を学問と呼んだ流れにもつながっています。朱子学の書物中心の学びと、陽明学の心に立ち返る学びの間に立った一斎らしい考え方です。本や研修で学んだことを、一度手放して自分の言葉で考え直す時間を持っているかを問われます。
この章句が説くこと
読書立志学問自得経書
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