言志四録 / 言志録 第五十四条 酒は穀気の精
酒穀氣之精也。微飮可以養生矣。過飮至於狂酗。是因藥發病也。如人蔘附子巴豆大黃之類。多服之。必致瞑眩。飮酒發狂亦猶此。
新字:酒穀気之精也。微飲可以養生矣。過飲至於狂酗。是因薬発病也。如人蔘附子巴豆大黄之類。多服之。必致瞑眩。飲酒発狂亦猶此。
書き下し
酒は穀気の精なり。微飲すれば以て生を養ふべし。過飲して狂酗に至るは、是れ薬に因りて病を発するなり。人参・附子・巴豆・大黄の類の如き、多く之を服すれば、必ず瞑眩を致す。飲酒して狂を発するも亦猶ほ此くのごとし。
現代語訳
酒は穀物の気の精髄である。少し飲めば体を養うことができる。飲みすぎて酒乱にまで至るのは、薬によってかえって病を起こすようなものである。人参・附子・巴豆・大黄のような薬も、多量に服用すれば、必ず目がくらむような激しい反応を起こす。酒を飲んで狂うのも、ちょうどこれと同じである。
解説
ここから数条、一斎は酒について続けて書いています。まず酒を「穀気の精」、穀物の気のエッセンスととらえ、少量なら養生になると認めます。そのうえで、飲みすぎて乱れるのは、薬で病を起こすのと同じだと言います。挙げられた人参・附子・巴豆・大黄は、いずれも漢方で効き目の強い生薬で、使い方を誤れば「瞑眩」、激しい反応を引き起こします。酒を悪と決めつけるのではなく、効くものほど量を誤れば害になるという見方です。一斎自身は酒をたしなんだとも伝えられますが、ここでの関心は禁酒ではなく節度にあります。会食や付き合いの酒が仕事の一部になっている人にとって、自分にとっての適量を薬の用量のように意識してみる、という発想は案外役に立つかもしれません。
この章句が説くこと
酒節度養生過ぎたるは及ばざるが如し
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