言志四録 / 言志録 第五十三条 老人は人気を得て煖まる
家翁今年齡八十有六。側多人時。神氣自能壯實。少人時。神氣頓衰脫。余思子孫男女同體一氣。其所賴以安者固也。不但此。老人氣乏。得人氣以助之。葢一時氣體調和。如服温補藥味一般。此其所以愛多人而不愛少人。因悟王制八十非人不煖。葢謂以人氣煖之。非膚嫗之謂。癸酉薦月小寒節後五日錄
新字:家翁今年齢八十有六。側多人時。神気自能壮実。少人時。神気頓衰脱。余思子孫男女同体一気。其所頼以安者固也。不但此。老人気乏。得人気以助之。葢一時気体調和。如服温補薬味一般。此其所以愛多人而不愛少人。因悟王制八十非人不煖。葢謂以人気煖之。非膚嫗之謂。癸酉薦月小寒節後五日録
書き下し
家翁今年齢八十有六。側に人多き時は、神気自ら能く壮実なり。人少なき時は、神気頓に衰脱す。余思ふに、子孫男女は同体一気、其の頼りて以て安んずる所は固よりなり。但だ此れのみならず、老人は気乏し、人の気を得て以て之を助く。蓋し一時気体調和すること、温補の薬味を服するが如きと一般なり。此れ其の人多きを愛して人少なきを愛せざる所以なり。因りて王制の「八十は人に非ざれば煖かならず」を悟る。蓋し人の気を以て之を煖むるを謂ふにして、膚嫗の謂に非ず。(癸酉薦月小寒節後五日録す)
現代語訳
わが父は今年八十六歳である。そばに人が大勢いる時は、気力がおのずとしっかりして盛んである。人が少ない時は、気力がにわかに衰え抜けてしまう。私が思うに、子や孫は男も女も、父と体を同じくし気を一つにする者であるから、父がそれを頼りにして安らぐのはもとより当然である。だがそれだけではない。老人は気が乏しいので、人の気を得てそれを補うのである。思うに、そのひととき気と体が調和することは、体を温め補う薬を服用するのと同じようなものである。これが、父が人の多いのを好み、少ないのを好まない理由である。そこで『礼記』王制篇の「八十歳になると、人がいなければ暖まらない」という言葉の意味を悟った。思うにこれは、人の気によって老人を温めることを言うのであって、肌を寄せて温めることを言うのではない。(癸酉の年〈文化十年、一八一三年〉の冬、小寒の節から五日後に記す)
解説
この章句が説くこと
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