言志四録 / 言志録 第四十三条 今の過を改むる者は鮮し
悔昨非者有之。改今過者鮮矣。
書き下し
昨の非を悔ゆる者は之れ有り。今の過を改むる者は鮮し。
現代語訳
昨日の過ちを悔やむ者はいる。しかし、いま犯している過ちを改める者は少ない。
解説
過去の失敗を振り返って悔やむことは、多くの人がします。一斎が問題にするのは、いま現に続けている過ちを、その場で改められるかどうかです。「昨非」はすでに済んだことなので、悔いても今の自分は痛みません。ところが「今過」を改めるには、今日の振る舞いを変え、面子や慣れを捨てなければならず、そこに難しさがあります。論語の「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」や、顔回(孔子の高弟)が「過ちを弐たびせず」と称えられたことと同じ筋の戒めです。振り返りの会議が反省の言葉で終わり、翌日の仕事が何も変わらない。そんな場面に思い当たる人には、悔いることと改めることの距離を測り直す手がかりになるでしょう。
この章句が説くこと
改過反省自己変革実践
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