言志四録 / 言志録 第二十八条 誇伐の念は天地に似ず
纔有誇伐念頭。便與天地不相似。
新字:纔有誇伐念頭。便与天地不相似。
書き下し
纔かに誇伐の念頭有れば、便ち天地と相似ず。
現代語訳
少しでも自分の功を誇る思いが心に浮かべば、たちまち天地のあり方とは似ても似つかぬものとなる。
解説
誇伐とは、自分の功績を誇り、ひけらかすことです。天地は万物を生み育てながら、そのことを誇りもせず、見返りも求めません。人が少しでも手柄を誇る心を起こせば、その瞬間に天地のあり方から外れてしまう、と一斎は言います。『易経』繋辞伝の「天地と相似たり、故に違はず」を踏まえ、人のあるべき姿を天地に重ねる一斎らしい発想です。「纔かに」の一語が、ほんのわずかな慢心も見逃さない厳しさを示しています。成果を上げたとき、それを自分一人の手柄と思っていないか、周囲や状況の力を忘れていないかを、立ち止まって考えさせる一条です。
この章句が説くこと
謙虚誇伐天地慢心無私
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