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大和俗訓 / 巻之一・為学上

一學ぶ人は、唯我が知のくらく、我が德のすゝまざる事をうれふべし。われに學問才智技藝ありとも、我を知ありとし、我が才にほこる心あるべからず。人各知あり、又長ずる所あり。人をおろかにし侮るべからず。諫をふせぎ、我を是とすべからず。己が不善をすてゝ人の善にしたがひ、人の善を用ひて我が身に行ふべし。我を知ありとするものは惡德なり、いましむべし。其愚を知るものは大愚にあらず。其過を知るものは大なる過なし。故に高慢にして己をゆるすものは、必愚人なり。いかんとなれば、自ら知るの明なく、知をひらき善にすゝむの基なくして、終に愚にてをはる。人をあなどる者は、必天のとがめあり、人のせめあり、人をそしる者は、必人にそしらる。

新字:一学ぶ人は、唯我が知のくらく、我が徳のすゝまざる事をうれふべし。われに学問才智技芸ありとも、我を知ありとし、我が才にほこる心あるべからず。人各知あり、又長ずる所あり。人をおろかにし侮るべからず。諫をふせぎ、我を是とすべからず。己が不善をすてゝ人の善にしたがひ、人の善を用ひて我が身に行ふべし。我を知ありとするものは悪徳なり、いましむべし。其愚を知るものは大愚にあらず。其過を知るものは大なる過なし。故に高慢にして己をゆるすものは、必愚人なり。いかんとなれば、自ら知るの明なく、知をひらき善にすゝむの基なくして、終に愚にてをはる。人をあなどる者は、必天のとがめあり、人のせめあり、人をそしる者は、必人にそしらる。

書き下し

一学ぶ人は、唯我が知のくらく、我が徳のすすまざる事をうれふべし。われに学問才智技芸ありとも、我を知ありとし、我が才にほこる心あるべからず。人各知あり、又長ずる所あり。人をおろかにし侮るべからず。諫をふせぎ、我を是とすべからず。己が不善をすてて人の善にしたがひ、人の善を用ひて我が身に行ふべし。我を知ありとするものは悪徳なり、いましむべし。其愚を知るものは大愚にあらず。其過を知るものは大なる過なし。故に高慢にして己をゆるすものは、必愚人なり。いかんとなれば、自ら知るの明なく、知をひらき善にすすむの基なくして、終に愚にてをはる。人をあなどる者は、必天のとがめあり、人のせめあり、人をそしる者は、必人にそしらる。

現代語訳

一、学ぶ人は、ただ自分の知恵が暗く、自分の徳が進まないことを憂えるべきです。自分に学問・才知・技芸があっても、自分を知恵があるとし、自分の才能を誇る心があってはなりません。人にはそれぞれ知恵があり、また長じているところがあります。人を愚かだとして侮ってはなりません。諫めを防いで、自分を正しいとしてはなりません。自分の不善を捨てて人の善に従い、人の善を用いて自分の身に行うべきです。自分を知恵があるとするのは悪徳です。戒めるべきです。自分の愚かさを知る者は大愚ではありません。自分の過ちを知る者には大きな過ちがありません。ですから高慢で自分を許す者は必ず愚か者です。なぜなら、自分を知る明がなく、知恵を開き善に進む土台がなくて、ついに愚かなまま終わるからです。人を侮る者には必ず天の咎めがあり、人の責めがあります。人をそしる者は必ず人にそしられます。

解説

自分を賢いと思う心こそが悪徳だと説く段です。「その愚を知る者は大愚にあらず」という言葉は、自分の至らなさに気づいている人はまだ伸びしろがあるという意味で、『荘子』天地篇の似た言葉を思わせます。人にはそれぞれ長所があるのだから侮るな、人の善を取り入れて自分の行いにせよと益軒は言います。人を侮れば侮られ、そしれば、そしられる。知識や経験を積んだ人ほど陥りやすい落とし穴への戒めとして、管理職やベテランにこそ響く一節です。

この章句が説くこと

謙虚慢心知恵過ち人の善

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