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益軒家訓 / 聖学須勤

人至て愚なりといへども、一事の善なきことあたはず。故に愚人の言をも理あるは取用ふべし。われを智ありとする者は必愚人なり。我を善なりとする者はかならず惡人なり。惡を知るものは大惡にあらず。人を侮るものは、必天の咎あり、人のうらみあり。我に學問知恵藝能ありとも、是皆わが分内の事なれば、矜べき事にあらず。かならず是を自慢し、人を侮るべからず。古の君子は、聰明叡智なれども、これを守るに愚を以てす。況や末世の凡人、僅なる才能にほこるは、かた腹いたき事なり。甚卑し。我に善あり能ありとも、自ら衒ひ、みづから褒むべからず。其善に矜ればその善を喪ふ、其能にほこれば其能をうしなふ。自慢するをほこるといふは、矜はほこるとよめり。

新字:人至て愚なりといへども、一事の善なきことあたはず。故に愚人の言をも理あるは取用ふべし。われを智ありとする者は必愚人なり。我を善なりとする者はかならず悪人なり。悪を知るものは大悪にあらず。人を侮るものは、必天の咎あり、人のうらみあり。我に学問知恵芸能ありとも、是皆わが分内の事なれば、矜べき事にあらず。かならず是を自慢し、人を侮るべからず。古の君子は、聰明叡智なれども、これを守るに愚を以てす。況や末世の凡人、僅なる才能にほこるは、かた腹いたき事なり。甚卑し。我に善あり能ありとも、自ら衒ひ、みづから褒むべからず。其善に矜ればその善を喪ふ、其能にほこれば其能をうしなふ。自慢するをほこるといふは、矜はほこるとよめり。

書き下し

人至て愚なりといへども、一事の善なきことあたはず。故に愚人の言をも理あるは取用ふべし。われを智ありとする者は必愚人なり。我を善なりとする者はかならず悪人なり。悪を知るものは大悪にあらず。人を侮るものは、必天の咎あり、人のうらみあり。我に学問知恵芸能ありとも、是皆わが分内の事なれば、矜べき事にあらず。かならず是を自慢し、人を侮るべからず。古の君子は、聰明叡智なれども、これを守るに愚を以てす。況や末世の凡人、僅なる才能にほこるは、かた腹いたき事なり。甚卑し。我に善あり能ありとも、自ら衒ひ、みづから褒むべからず。其善に矜ればその善を喪ふ、其能にほこれば其能をうしなふ。自慢するをほこるといふは、矜はほこるとよめり。

現代語訳

人はどれほど愚かであっても、一つの善いところもないということはありません。ですから愚かな人の言葉でも、道理のあるものは取り上げて用いるべきです。自分を賢いと思う者は必ず愚かな人です。自分を善人だと思う者は必ず悪人です。自分の悪を知っている者は大悪人ではありません。人を侮る者には、必ず天のとがめがあり、人の恨みがあります。自分に学問や知恵や芸能があっても、それは皆自分の本分のうちのことなので、誇るべきことではありません。決してそれを自慢して人を侮ってはなりません。昔の君子は、聡明で知恵にすぐれていても、それを守るのに愚かさをもってしました。まして末の世の凡人が、わずかな才能を誇るのは、片腹痛いことです。はなはだ卑しいことです。自分に善いところや能力があっても、自分からひけらかしたり、自分でほめたりしてはなりません。その善を誇ればその善を失い、その能力を誇ればその能力を失います。自慢することを「ほこる」といいますが、「矜」の字は「ほこる」と読みます。

解説

自分を賢い・善いと思う者こそ愚かで悪い、という逆説で、益軒は慢心を戒めています。聡明でも愚かさで守るという言葉は、孔子が満ちても傾かない器について語った話として荀子の宥坐篇などに見えるもので、才を隠して謙虚にふるまう姿勢を指します。愚かな人の言葉にも理があれば取り上げよ、という点も大切です。立場の下の人や経験の浅い人の意見を聞けるかどうかは、今の組織やチームの力を大きく左右します。自慢すれば善を失う、という一文は心に留めたいところです。

この章句が説くこと

慢心謙虚矜才能知恵

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