尚書 / 仲虺之誥
能自得師者王,謂人莫己若者亡
書き下し
自ら師を得る者は王たり、人(ひと)己(おのれ)に若(し)く莫(な)しと謂(い)う者は亡ぶ。
現代語訳
自分から進んで師と仰ぐべき人を得ようとする者は王者となり、自分に及ぶ者などいないと思い込む者は滅びる。
解説
自分より優れた相手を求めて学び続けられるかどうかが、栄えるか滅びるかを分けるという句である。自分が一番だと思い込んだ瞬間、人は他人の言葉に耳を貸さなくなり、成長も止まってしまう。仕事でも趣味でも、自分より詳しい人、厳しい指摘をくれる人をそばに置けているかどうかは、地位や年齢に関係なく問い直せることである。謙虚さとは弱さではなく、伸び続けるための実利的な選択でもある。なお、本篇は東晋期に伝わった古文尚書に属し、後世の編纂とみる説が有力である。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
謙虚師慢心
関連する章句
-
『益軒家訓』聖学須勤人至て愚なりといへども、一事の善なきことあたはず。故に愚人の言をも理あるは取用ふべし。われを智ありとする者は必愚人なり。我を善なりとする者はかならず悪人なり。悪を知るものは大悪にあらず。人を侮るものは、必天の咎あり、人のうらみあり。我に学問知恵芸能ありとも、是皆わが分内の事なれば、矜べき事にあらず。かならず是を自慢し、人を侮るべからず。古の君子は、聰明叡智なれども、これを守るに愚を以てす。況や末世の凡人、僅なる才能にほこるは、かた腹いたき事なり。甚卑し。我に善あり能ありとも、自ら衒ひ、みづから褒むべからず。其善に矜ればその善を喪ふ、其能にほこれば其能をうしなふ。自慢するをほこるといふは、矜はほこるとよめり。
-
『大和俗訓』巻之一・為学上一学ぶ人は、唯我が知のくらく、我が徳のすすまざる事をうれふべし。われに学問才智技芸ありとも、我を知ありとし、我が才にほこる心あるべからず。人各知あり、又長ずる所あり。人をおろかにし侮るべからず。諫をふせぎ、我を是とすべからず。己が不善をすてて人の善にしたがひ、人の善を用ひて我が身に行ふべし。我を知ありとするものは悪徳なり、いましむべし。其愚を知るものは大愚にあらず。其過を知るものは大なる過なし。故に高慢にして己をゆるすものは、必愚人なり。いかんとなれば、自ら知るの明なく、知をひらき善にすすむの基なくして、終に愚にてをはる。人をあなどる者は、必天のとがめあり、人のせめあり、人をそしる者は、必人にそしらる。
-
尚書・周官位は驕るを期せずして驕り、祿は侈るを期せずして侈る。恭儉は惟れ德なり、爾の偽を載すこと無かれ。
-
『十善法語』巻第七・不兩舌戒経中ニ袈裟段四寸ヲ得レハ。神祇守護ストアル。安居自恣等皆此法アリテ成就スル。此法如法ナレバ戒徳漸次ニ成就スルト云コトシヤ。食事此法有テ成就スル。薬事此法アリテ成就スル。経ヲ誦スルニ同業同誦ノ法アリ。経ヲ受ルニ逐句随受ノ法アリ。行道ニ賢聖黙然ト法語トノ法アリ。二六時中ミナ此法アリテ。此ヲ守ル者ハ賢聖ノ地位ニモ到ルト云コトシヤ。煩悩無明ノ悪法ニ惑ハサレヌト云コトシヤ。貴姓出家モ其種族ニホコラヌ。大富饒財モ其富有ニホコラヌ。博識多聞モ其智解ニホコラヌ。上座ノ教詰。師僧ノ教誠。仏世ヨリ相承テ今日ニ至ルシヤ。
-
『酔古堂剣掃』集奇・憐と傲の二字憐の一字は、吾受くるを樂しまず、 蓋し才有りて徒らに人の憐みを受くるは、無用知るべし。 傲の一字は、吾敢へて矜らず、 蓋し才有りて徒らに以て傲に資するは、無用知るべし。
-
『大和俗訓』巻之八・応接一大禹謨に曰く、満は損を招き、謙は益を受く。わが才徳を満てりとするは、禍ありて、わが損となる。謙ればかへつて身の益となる。易曰く、天道は盈を虧きて謙に益すといへるも、同理なり。一天下皆非なるの理なし。人の行をあししとのみ思ふべからず。わが身をかへりみおさへて、己を責むべし。人の非をのみ見て、わが身をかへりみざるは、是満は損を招ぐなり。