言志四録 / 言志録 第二十五条 名を求むるも避くるも非
有心求名。固非。有心避名。亦非。
書き下し
心有りて名を求むるは、固より非なり。心有りて名を避くるも、亦非なり。
現代語訳
ことさらに名声を求めるのは、もとより間違っている。ことさらに名声を避けようとするのもまた間違いである。
解説
名声に対する態度を戒めた短い一条です。わざと名声を求めるのが誤りなのは言うまでもありません。しかし一斎は、わざと名声を避けるのもまた誤りだと言います。名を避けようとする心は、裏返せば名を強く意識している心であり、謙虚を装った一種の名誉心になりかねないからです。要は「心有りて」、すなわち作為の心があることが問題なのです。なすべきことをなし、その結果として名が立つなら受け入れ、立たなくても気にかけない。評価や注目を過度に求めるのでも、極端に避けるのでもなく、仕事そのものに向き合えているかを振り返る材料になる言葉です。
この章句が説くこと
名声作為無心謙虚名利
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