酔古堂剣掃 / 集法・名高ければ稱ひ難し
恩重難酬,名高難稱。
新字:恩重難酬,名高難称。
書き下し
恩重ければ酬い難く、名高ければ稱ひ難し。
現代語訳
恩が重ければ報いるのが難しく、名声が高ければそれに見合うのが難しいものです。
解説
重すぎる恩と高すぎる名声は、どちらも人を苦しめると説いた八字の一則です。大きな恩を受けると、それに報いようとしても報いきれず、心の負担になります。高い名声を得ると、実際の自分がそれに見合わず、つねに無理を強いられます。称ふは、釣り合う、見合うという意味です。だから、身の丈を超えた恩や名声は、軽々しく受けないほうがよいという含みがあります。評価されることは嬉しいものですが、実力以上の評判は重荷になります。名声よりも実質を育てることを大切にしたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
恩義名声謙虚処世分限
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