言志四録 / 言志録 第二十条 精神を背に棲ましむ
人精神盡在乎面。不免逐物妄動。須收斂精神棲諸背。方能忘其身。而身眞爲吾有。
新字:人精神尽在乎面。不免逐物妄動。須収斂精神棲諸背。方能忘其身。而身真為吾有。
書き下し
人の精神尽く面に在れば、物を逐ひて妄動するを免れず。須らく精神を収斂して諸を背に棲ましむべし。方に能く其の身を忘れて、身真に吾が有と為る。
現代語訳
人の精神がすべて顔の方に出ていると、外の物を追いかけてむやみに動くことを免れない。精神を内に引き締めて背に宿らせるようにしなければならない。そうしてはじめて自分の身を忘れることができ、そのとき身は本当に自分のものとなる。
解説
前の条の「面は冷、背は煖」を掘り下げた条です。精神が顔、つまり外に向かう側にばかり出ていると、目に入るものを追いかけて落ち着きなく動き回ってしまう。精神を収めて背に棲ませよ、と一斎は言います。背は目の届かない側であり、易の艮卦「其の背に艮まりて其の身を獲ず」を踏まえています。外物に引かれず内に止まることで、かえって身への執着を忘れ、身を自在に使えるようになる。身を忘れてこそ身が真に自分のものになるという逆説が要です。次々と入る情報や依頼に反応し続けて疲れたとき、心を内に収める時間の意味を考えさせる一条です。
この章句が説くこと
収斂精神外物静集中
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