言志四録 / 言志録 第十二条 三代以上の意思で読む
以三代以上意思。讀三代以上文字。
新字:以三代以上意思。読三代以上文字。
書き下し
三代以上の意思を以て、三代以上の文字を読む。
現代語訳
夏・殷・周の三代以前の人々の心持ちに立って、三代以前の文章を読む。
解説
古典の読み方を一行で示した条です。三代とは儒学で理想の治世とされる夏・殷・周の三王朝のこと。その時代の書物は、その時代の人の心持ちになって読まなければならない、と一斎は言います。後世の常識や自分の都合で古典を読めば、本来の意味は見えず、自分の考えを古典に映しているにすぎなくなります。朱子学の注釈を重んじる立場にありながら、注釈越しでなく本文の精神に直に触れようとする姿勢がうかがえます。書き手の置かれた状況に身を置いて読むことは、古典に限らず、他部署の報告や顧客の言葉を理解するときにも通じる読み方ではないでしょうか。
この章句が説くこと
読書古典読み方時代理解追体験
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