下学老談抄録 / 武士は仏教を信ぜず
武士たる者佛敎を信ずべからず、是も前段にいふと同じ意にて、佛の說輪廻などの義に感ずれば、氣よはになり、英氣ぬけはつる者也、又大小の身、甲冑旗指物等に、經文梵字咒文を用ゆるたぐひ、見るも穢らはしき事也、凡そ輪回因果と云も皆愚人を欺き引入方便也、其故は譬へば俱利伽羅の戰に數萬の人一時に墮死する者、前業の罪殘らず同事と云にてもあるまじ、亦昔戰國の時、まのあたり一人を殺す者は、其罪深しとて報端的にして首を刎らるれども、二十人三十人を殺せば勇士とて恩賞あり、夫より又莫太に殺せば國持大名となりて今に榮ゆ、其うへに猶々殺せば、天下を取て海內仰ぎ奉りて榮へ久し、是には報の沙汰なきは何ぞや、とにもかくにも、士は武德を崇び常に英氣を養を專らとすべし、武士にはあらねども平の重衡の奈良の大佛を燒きしを罪惡と悔しは昏愚の至りなり、但佛經の諸惡莫作、衆善奉行などの語を以て愚者小人の勸善懲惡の敎をなさば、亦時にとりて一助なきにあらず、
新字:武士たる者仏教を信ずべからず、是も前段にいふと同じ意にて、仏の説輪廻などの義に感ずれば、気よはになり、英気ぬけはつる者也、又大小の身、甲冑旗指物等に、経文梵字咒文を用ゆるたぐひ、見るも穢らはしき事也、凡そ輪回因果と云も皆愚人を欺き引入方便也、其故は譬へば倶利伽羅の戦に数万の人一時に堕死する者、前業の罪残らず同事と云にてもあるまじ、亦昔戦国の時、まのあたり一人を殺す者は、其罪深しとて報端的にして首を刎らるれども、二十人三十人を殺せば勇士とて恩賞あり、夫より又莫太に殺せば国持大名となりて今に栄ゆ、其うへに猶々殺せば、天下を取て海内仰ぎ奉りて栄へ久し、是には報の沙汰なきは何ぞや、とにもかくにも、士は武徳を崇び常に英気を養を専らとすべし、武士にはあらねども平の重衡の奈良の大仏を焼きしを罪悪と悔しは昏愚の至りなり、但仏経の諸悪莫作、衆善奉行などの語を以て愚者小人の勧善懲悪の教をなさば、亦時にとりて一助なきにあらず、
書き下し
武士たる者佛敎を信ずべからず、是も前段にいふと同じ意にて、佛の說輪廻などの義に感ずれば、氣よはになり、英氣ぬけはつる者也、又大小の身、甲冑旗指物等に、經文梵字咒文を用ゆるたぐひ、見るも穢らはしき事也、凡そ輪回因果と云も皆愚人を欺き引入方便也、其故は譬へば俱利伽羅の戰に數萬の人一時に墮死する者、前業の罪殘らず同事と云にてもあるまじ、亦昔戰國の時、まのあたり一人を殺す者は、其罪深しとて報端的にして首を刎らるれども、二十人三十人を殺せば勇士とて恩賞あり、夫より又莫太に殺せば國持大名となりて今に榮ゆ、其うへに猶々殺せば、天下を取て海內仰ぎ奉りて榮へ久し、是には報の沙汰なきは何ぞや、とにもかくにも、士は武德を崇び常に英氣を養を專らとすべし、武士にはあらねども平の重衡の奈良の大佛を燒きしを罪惡と悔しは昏愚の至りなり、但佛經の諸惡莫作、衆善奉行などの語を以て愚者小人の勸善懲惡の敎をなさば、亦時にとりて一助なきにあらず、
現代語訳
武士たる者は仏教を信じてはなりません。これも前の段で言ったのと同じ意味で、仏の説く輪廻などの教えに感じ入れば、気が弱くなり、英気が抜け果てるからです。また、大小の刀や甲冑、旗指物などに経文や梵字、呪文を用いる類いは、見るのも穢らわしいことです。そもそも輪廻や因果というのも、皆、愚かな人を欺いて引き入れるための方便です。そのわけは、たとえば倶利伽羅の戦いで数万の人が一時に墜ちて死んだのは、前世の業の罪が残らず同じだったということではないでしょう。また昔の戦国の時代、目の前で一人を殺した者は、その罪が深いとして、報いはてきめんに首をはねられるのに、二十人、三十人を殺せば勇士として恩賞があり、さらに多く殺せば国持大名となって今も栄えます。その上になお殺せば、天下を取り、海内が仰ぎ奉って栄えは久しいのです。これに報いの沙汰がないのはなぜでしょうか。とにかく、士は武徳を尊び、常に英気を養うことを専らにすべきです。武士ではありませんが、平重衡が奈良の大仏を焼いたことを罪悪と悔いたのは、愚かの極みです。ただし、仏経の「諸悪莫作、衆善奉行」などの語を用いて、愚かな者や小人に勧善懲悪の教えを説くなら、また時によっては一助にならないこともありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒此善悪報応。智者ノ小心翼翼トシテ。終ニ聖慧明ヲ得ル処シヤ。愚人モ終ニ非ヲ改メ過ヲ悔ヰ。闇ヨリ明ニ趣ク処シヤ。声聞乗ノ人ノ厭背シテ禅定智慧ヲ発スル基シヤ。菩薩乗ノ人ノ大慈悲心相応スル処シヤ。此生死業果ナクハ一切賢聖モ大道ヲ窮ルコトナク。諸仏出世シテ衆生ヲ利益シタマフコトナキシヤ。真正ノ道人此中ニ実相ニ達スル。果ヲ見テ因ニ達スル。是ナク非ナク。得ナク失ナシ。此身此ニ在テ逈然トシテ世外ニ遊フ。因ヲ看テ果ニ通スル。自ナク他ナク。縛ナク脱ナシ。唯善相応シテ常ニ世人ヲ利益スルシヤ。
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史記 李将軍列伝諸々の広の軍吏及び士卒或いは封侯を取る。広嘗て望気の王朔と燕語して、曰く、「漢の匈奴を撃ちしより広未だ嘗て其の中に在らざることあらず。而るに諸部の校尉以下、才能中人に及ばず、然れども胡を撃つの軍功を以て侯を取る者数十人。而して広は人に後れず。然れども尺寸の功の以て封邑を得る者無きは、何ぞや。豈に吾が相当に侯たるべからざるか。且つ固より命なるか」と。朔曰く、「将軍自ら念へ。豈に嘗て恨む所有るか」と。広曰く、「吾嘗て隴西の守と為る。羌嘗て反す。吾誘ひて降す。降る者八百余人。吾詐りて同日に之を殺す。今に至るまで大いに恨むは独り此のみ」と。朔曰く、「禍は已に降れるを殺すより大なるは莫し。此れ乃ち将軍の侯を得ざる所以の者なり」と。後二歳、大将軍・驃騎将軍大いに出でて匈奴を撃つ。広数々自ら行かんことを請ふ。天子以て老いたりと為し、許さず。良久しくして乃ち之を許し、以て前将軍と為す。是の歳は、元狩四年なり。広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃ち、既に塞を出づ。青虜を捕へて単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍の軍に并せて、東道より出でしむ。東道は少しく回遠にして、大軍の行くに水草少なく、其の勢屯行せず。広自ら請ひて曰く、「臣の部は前将軍為り。今大将軍乃ち徙して臣をして東道より出でしむ。且つ臣結髪より匈奴と戦ふ。今乃ち一たび単于に当たるを得たり。臣願はくは前に居り、先づ単于に死せん」と。大将軍青も亦陰かに上の誡めを受く。以為へらく李広は老いて、数奇なり、単于に当たらしむる毋かれ、恐らくは欲する所を得ざらんと。而して是の時公孫敖新たに侯を失ひ、中将軍と為りて大将軍に従ふ。大将軍も亦敖をして与に倶に単于に当たらしめんと欲す。故に前将軍広を徙す。広時に之を知り、固く自ら大将軍に辞す。大将軍聴かず。長史をして書を封じて広の莫府に与へしめ、曰く、「急に部に詣れ。書の如くせよ」と。
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『驢鞍橋』卷上一日因果の理を破る者に示して曰く、我人を打てば人亦我を打つ、人に能く向へは人亦我によし。是れ眼前の道理なり。其上三時業報の因果歴然の仏説明也。然るに仏説を信せぬは、其方は仏より上なり、近頃珍しき人也。亦彼の者誦経すれば口が成仏仕るやと云ふ。師曰、先づ口なりとも成仏するかよきなり。総して今時勤めは心に有りて業にあらすと云ふ者錯多しと也。
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『修証義』第一章 総序今の世に因果を知らず。業報を明らめず。三世を知らず、善悪を弁へざる邪見の党侶には群すべからず。大凡因果の道理、歴然として私なし。造悪の者は堕ち。修善の者は陞る、毫釐も貳はざるなり。若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず。
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『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下谷響モ声アル。鏡像モヨク笑ヲ含ム。此アレハ彼アリ。彼起レハ此応スル。彼ト此ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心ト境ト。一ト云ヘカラス。異ト云ヘカラス。心転スレハ境界モ随テ遷ル。境転スレハ心モ自ラ変スル。善業ヲ作セハ。此善業カ直ニ諸天ノ境界トナル。仏菩薩ノ境界トナル。悪業ヲ作セハ。此悪業カ直ニ畜生阿修羅トナル。餓鬼地獄トナル。諸天境中ニハ。此心直ニ歓楽遊戯ス。三悪趣境中ニハ此心直ニ苦悩逼迫ス。菩薩境中ニハ此心直ニ三学六度ヲ現ス。諸仏境中ニハ。此心直ニ無漏大定智悲ヲ現ス。因果報応ハ。信シテ信セラルルコトソ。信シテ信シソコナヒノナイコトソ。此断常ノ二見ヲ超過スレハ。必ス正智慧ヲ生スル。正智慧ヲ得レハ。生死ニ自在ヲ得ル。到ル処正法シヤ。到ル処聖智見シヤ。
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