下学老談抄録 / 引き込み思案は分別にあらず
萬事引こみ思案のみを練たる分別と心得るは大なる了簡たがへるべし、今の人此英氣なき故一代の內 君の爲、國の爲、又後來の爲、何にても大功を立る志は更になく、只今日よきと呼るゝ人も、其生質實體とか、利口とか、柔和とかいふ樣の事のみにて、其平生の所作を見るに、手跡にても達者にかき、留帳にてもよく覺へおるといふが精誠にて、其餘は世間をよく勤るの、ぬからぬの、或は庭の掃除を自身にして塵を置ぬの、料理上手のと云樣なる小量の事ばかりに目を附、四十五十にして聞ゆるなく、犬馬の如く一生をはたすは遺憾ならずや、是につけても、思ふに北條時宗元王の使者の首を刎て、來艦を恐れず、信長公の叡山の諸寺を燒き、近くは伊豆守の大佛を錢に鑄る等の所作、萬人おそれて歸服せぬ所を顧みず、明決して行ふの丈夫なる事誠に拔群、古今の英氣、千載の後といへど之を聞者神骨冷然として、兩腋風を生ずるを覺ゆ、
新字:万事引こみ思案のみを練たる分別と心得るは大なる了簡たがへるべし、今の人此英気なき故一代の内 君の為、国の為、又後来の為、何にても大功を立る志は更になく、只今日よきと呼るゝ人も、其生質実体とか、利口とか、柔和とかいふ様の事のみにて、其平生の所作を見るに、手跡にても達者にかき、留帳にてもよく覚へおるといふが精誠にて、其余は世間をよく勤るの、ぬからぬの、或は庭の掃除を自身にして塵を置ぬの、料理上手のと云様なる小量の事ばかりに目を附、四十五十にして聞ゆるなく、犬馬の如く一生をはたすは遺憾ならずや、是につけても、思ふに北条時宗元王の使者の首を刎て、来艦を恐れず、信長公の叡山の諸寺を焼き、近くは伊豆守の大仏を銭に鋳る等の所作、万人おそれて帰服せぬ所を顧みず、明決して行ふの丈夫なる事誠に抜群、古今の英気、千載の後といへど之を聞者神骨冷然として、両腋風を生ずるを覚ゆ、
書き下し
萬事引こみ思案のみを練たる分別と心得るは大なる了簡たがへるべし、今の人此英氣なき故一代の內 君の爲、國の爲、又後來の爲、何にても大功を立る志は更になく、只今日よきと呼るゝ人も、其生質實體とか、利口とか、柔和とかいふ樣の事のみにて、其平生の所作を見るに、手跡にても達者にかき、留帳にてもよく覺へおるといふが精誠にて、其餘は世間をよく勤るの、ぬからぬの、或は庭の掃除を自身にして塵を置ぬの、料理上手のと云樣なる小量の事ばかりに目を附、四十五十にして聞ゆるなく、犬馬の如く一生をはたすは遺憾ならずや、是につけても、思ふに北條時宗元王の使者の首を刎て、來艦を恐れず、信長公の叡山の諸寺を燒き、近くは伊豆守の大佛を錢に鑄る等の所作、萬人おそれて歸服せぬ所を顧みず、明決して行ふの丈夫なる事誠に拔群、古今の英氣、千載の後といへど之を聞者神骨冷然として、兩腋風を生ずるを覺ゆ、
現代語訳
何事も引き込み思案ばかりを練り上げたものを分別と心得るのは、大きな了見違いです。今の人はこの英気がないため、一代のうちに、主君のため、国のため、また将来のために、何であれ大きな功を立てようという志は全くなく、ただ今日よい人と呼ばれる人も、その生まれつきが実直だとか、利口だとか、柔和だとかいうことばかりです。日ごろの行いを見ると、字が達者に書けるとか、留帳をよく覚えているとかが精一杯で、そのほかは世間をよく勤める、抜かりがないとか、庭の掃除を自分でして塵を置かないとか、料理が上手だとかいった小さなことばかりに目をつけ、四十、五十になっても名が聞こえず、犬や馬のように一生を終えるのは、残念ではありませんか。このことにつけて思い起こすのは、北条時宗が元の使者の首をはねて、来襲を恐れなかったこと、信長公が叡山の諸寺を焼いたこと、近くは伊豆守が大仏を銭に鋳たことなどです。万人が恐れて服さないところを顧みず、明らかに決断して行った大丈夫ぶりはまことに抜群で、古今の英気であり、千年の後でもこれを聞く者は、神経も骨も冷えて、両腋に風が生じるのを覚えます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」

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