下学老談抄録 / 若き士の英気と老成ぶり
若き士英氣なく老人分別の事、是士の大に可嫌者也、士の英氣なきは、誠に腰ぬけなる如此の人は一番鎗はいふに及ばず、軍といへば尻ごみ一番也、士道はもとわらべしき敵がけの者にて、軍といへば、可負は知れたる塲にても我先きと競ひすゝむが士道なり、實盛が【鬢/鬚】髭を墨に染め、七十にて討死する樣なるわらべしき者なれども、此英氣なくては武士にあらず、されば當時とても御停止を犯す樣なれども、馬術など心懸る士は火事塲人ごみの所を乘りこゝろむも不埒といひながら、士の道に於てはさのみ惡むべき事にもあらず、是軍令を犯して先きがけするに似たる形也、夫よりは、只若き士の老人めかしく風領帽子杖を用ひ、又はれなる塲所へはひかへて出でず、あるひは御作法違ひにて列下に成てもかしこまり、役筋等にてひけを取てもこらへおり、人まへに恥辱を取ても其儘になし置と、かく人に憎まれぬやう足をせぬを專らとし、
新字:若き士英気なく老人分別の事、是士の大に可嫌者也、士の英気なきは、誠に腰ぬけなる如此の人は一番鎗はいふに及ばず、軍といへば尻ごみ一番也、士道はもとわらべしき敵がけの者にて、軍といへば、可負は知れたる塲にても我先きと競ひすゝむが士道なり、実盛が【鬢/鬚】髭を墨に染め、七十にて討死する様なるわらべしき者なれども、此英気なくては武士にあらず、されば当時とても御停止を犯す様なれども、馬術など心懸る士は火事塲人ごみの所を乗りこゝろむも不埒といひながら、士の道に於てはさのみ悪むべき事にもあらず、是軍令を犯して先きがけするに似たる形也、夫よりは、只若き士の老人めかしく風領帽子杖を用ひ、又はれなる塲所へはひかへて出でず、あるひは御作法違ひにて列下に成てもかしこまり、役筋等にてひけを取てもこらへおり、人まへに恥辱を取ても其儘になし置と、かく人に憎まれぬやう足をせぬを専らとし、
書き下し
若き士英氣なく老人分別の事、是士の大に可嫌者也、士の英氣なきは、誠に腰ぬけなる如此の人は一番鎗はいふに及ばず、軍といへば尻ごみ一番也、士道はもとわらべしき敵がけの者にて、軍といへば、可負は知れたる塲にても我先きと競ひすゝむが士道なり、實盛が鬚髭を墨に染め、七十にて討死する樣なるわらべしき者なれども、此英氣なくては武士にあらず、されば當時とても御停止を犯す樣なれども、馬術など心懸る士は火事塲人ごみの所を乘りこゝろむも不埒といひながら、士の道に於てはさのみ惡むべき事にもあらず、是軍令を犯して先きがけするに似たる形也、夫よりは、只若き士の老人めかしく風領帽子杖を用ひ、又はれなる塲所へはひかへて出でず、あるひは御作法違ひにて列下に成てもかしこまり、役筋等にてひけを取てもこらへおり、人まへに恥辱を取ても其儘になし置と、かく人に憎まれぬやう足をせぬを專らとし、
現代語訳
若い士に英気がなく、老人のような分別を振りかざすのは、士の大いに嫌うべきことです。士に英気がないのは、まことに腰抜けです。このような人は一番槍はもちろん、戦と聞けば尻込みで一番になります。士道はもともと童のように敵に駆け向かう者で、戦と言えば負けるのが分かりきった場でも、我先にと競って進むのが士道です。実盛が鬚髭を墨で染め、七十歳で討ち死にしたような、子どもっぽいほどの者でも、この英気がなければ武士ではありません。ですから今も、禁止を犯すようではあっても、馬術などに心がける士が、火事場や人ごみの所で乗り試すのは、不埒とはいえ、士の道においてはそれほど憎むべきことでもありません。これは軍令を犯して先駆けするのに似た形です。それよりも、ただ若い士が老人めかして風領や帽子や杖を用い、また晴れの場所へは控えて出ず、作法違いで列の下に落とされてもかしこまり、役職上で引けを取ってもこらえ、人前で恥辱を受けてもそのままにしておく。こうして人に憎まれないよう、足を踏み外さないことを専らにし、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下一神功皇后の新羅を攻めに行き給ひし時の軍令。日本紀に出でたり。もろこしの良将の軍令にもまさりて、貴ぶべし。一挑戦といふことはいかん。兵を合せ戦はんとするに、まづ勇士をさきに出して、敵を討たしむるをいふ。本邦にて、近古豊臣秀吉の、柴田勝家と戦はんとて、先近江の賤が嶽に陣せられしに、両陣よりたがひに兵を出して戦はしむ。秀吉の勇士七人、先がけして敵を退けたり。かくのごとくするを挑戦といふ。
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『武訓』下・第22段挑戰といふことはいかん。兵を合せ戰はんとするに、まづ、勇士をさきに出して、敵をうたしむるをいふ。本邦にて、近古、豐臣秀吉の、柴田勝家と戰はんとて、先、近江の賤か嶽に陣せられしに、兩陣より、たがひに、兵を出して戰はしむ。秀吉の勇士七人、先がけして敵を退けたり。かくのごとくするを、挑戰といふ。
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『酔古堂剣掃』集豪・寧ろ怒罵せしむとも須眉の士は、世に在りて寧ろ鄉裏の小兒をして怒罵せしむとも、 當に鄉裏の小兒をして憐れまれしむべからず。
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葉隠・聞書第一奉公人は唯(ただ)奉公に好きたるがよし。又大役などを危(あやう)き事と思ひ、引き取りたがるは逆尻(ぎゃくじり)、すくたれ者なり。其の役に指されて、心ならず仕損(しそん)ずるは、虎口(ここう)の討死(うちじに)同然なり。
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『碧巌録』第五十六則良禅客も也た妨げず是れ一員の戦将なることを。欽山の手裏に向かつて、左に盤り右に転じ、鞭を墜し鐙を閃かす。末後惜しむべし、弓折れ箭尽く。是の如くなりと雖も、李将軍自ら嘉声の在る有り、封侯を得ざるも也た是れ閑なり。這箇の公案、一出一入、一擒一縦、当機覿面に提し、覿面当機に疾し。都て有無得失に落ちず、之を玄機と謂ふ。稍や些子の力量を虧けば、便ち顛蹶有り。這の僧も亦た是れ箇の英霊底の衲子、箇の問端を致して、妨げず群を驚かすことを。欽山は是れ作家の宗師、便ち他の問頭の落処を知る。鏃とは箭鏃なり。一箭に三関を射透する時如何。欽山の意に道ふ、「爾が射透し得ることは則ち且く置く、試みに関中の主を放出し看よ」と。
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論語・憲問篇子曰く、『士にして居を懐(おも)えば、以て士と為すに足らず。』

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