下学老談抄録 / 有徳を妬まず未熟を助ける
有德の者を猜むまじく、愚者未熟の輩可介抱、おのれを磨かざるのみならず、善をそねむ事愚中の愚と云べし、周禮にも造言の刑といふを載せつれ、或は人の學問するを靑表紙よみなどゝ、諱名をつけて嘲り、しんきなる學問をすれば毒などゝ、其親よりもいひて學ばせず、志ある人も夫にさゝへられ止まる也、夫學文なく道を辨へぬ人は、面に牆して立るが如く何一つも見えず、かゝる輩は長壽したればとて何の詮もなし、只 君の御用に立べき身なれば、自分の氣まゝにいやなる事はせぬ樣なるわけにてはあるまじ、愚者未熟者を介抱するは則君子の志也、とかく人を善道にすゝめ御用に立べき樣になす心得尤也、能を以て不能をあはれみ、己欲立而立人、皆誠より出る也、又當時珍書などゝ、祕して人にも貸さず、蟫の食となす、小量の人も世に多し、可笑也、是に限らず人の益になるは何事も傳て世に廣め度也、小人の志はとにもかくにも、我爲のみ也、
新字:有徳の者を猜むまじく、愚者未熟の輩可介抱、おのれを磨かざるのみならず、善をそねむ事愚中の愚と云べし、周礼にも造言の刑といふを載せつれ、或は人の学問するを青表紙よみなどゝ、諱名をつけて嘲り、しんきなる学問をすれば毒などゝ、其親よりもいひて学ばせず、志ある人も夫にさゝへられ止まる也、夫学文なく道を弁へぬ人は、面に牆して立るが如く何一つも見えず、かゝる輩は長寿したればとて何の詮もなし、只 君の御用に立べき身なれば、自分の気まゝにいやなる事はせぬ様なるわけにてはあるまじ、愚者未熟者を介抱するは則君子の志也、とかく人を善道にすゝめ御用に立べき様になす心得尤也、能を以て不能をあはれみ、己欲立而立人、皆誠より出る也、又当時珍書などゝ、秘して人にも貸さず、蟫の食となす、小量の人も世に多し、可笑也、是に限らず人の益になるは何事も伝て世に広め度也、小人の志はとにもかくにも、我為のみ也、
書き下し
有德の者を猜むまじく、愚者未熟の輩可介抱、おのれを磨かざるのみならず、善をそねむ事愚中の愚と云べし、周禮にも造言の刑といふを載せつれ、或は人の學問するを靑表紙よみなどゝ、諱名をつけて嘲り、しんきなる學問をすれば毒などゝ、其親よりもいひて學ばせず、志ある人も夫にさゝへられ止まる也、夫學文なく道を辨へぬ人は、面に牆して立るが如く何一つも見えず、かゝる輩は長壽したればとて何の詮もなし、只 君の御用に立べき身なれば、自分の氣まゝにいやなる事はせぬ樣なるわけにてはあるまじ、愚者未熟者を介抱するは則君子の志也、とかく人を善道にすゝめ御用に立べき樣になす心得尤也、能を以て不能をあはれみ、己欲立而立人、皆誠より出る也、又當時珍書などゝ、祕して人にも貸さず、蟫の食となす、小量の人も世に多し、可笑也、是に限らず人の益になるは何事も傳て世に廣め度也、小人の志はとにもかくにも、我爲のみ也、
現代語訳
有徳の者をねたんではなりません。愚かな者や未熟な者は、面倒を見て助けるべきです。自分を磨かないだけでなく、善をねたむことは愚かなうちでも最も愚かなことと言うべきです。周礼にも「造言の刑」というものを載せています。あるいは人が学問をするのを「青表紙読み」などと忌み名をつけて嘲ったり、窮屈な学問をすれば毒だと、その親までが言って学ばせなかったりして、志のある人もそれに妨げられて止まってしまいます。そもそも学問がなく道をわきまえない人は、壁に向かって立つようなもので、何一つ見えません。そういう者は長生きしても何の甲斐もありません。ただ主君の御用に立つべき身なのですから、自分の気ままに嫌なことはしないというわけにはいかないはずです。愚者や未熟者を助けるのが君子の志です。とにかく人を善い道に勧めて、御用に立つようにする心得が大切です。能力ある者が能力のない者を憐れみ、自分が立とうとして人を立てるのは、すべて誠から出ることです。また、近ごろ珍しい書物などを秘して人に貸さず、紙魚の餌にしてしまう度量の小さい人も世に多く、おかしなことです。これに限らず、人の益になることは何でも伝えて世に広めたいものです。小人の志は、どこまでも自分のためだけです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第十四其方長閑子息長坂源五郎信玄公の御意に違ひ候事まづ大かたは四ヶ条なりせがれの利根過ぎたるを信玄公嫌ひ給ふとて、硯箱の上に料紙の有るを紙硯御用の時、上の紙に取そへ筆台のふた斗持て参り作りばかを致事、落合彥助と土屋平三郎をすゝめ合せ、喧嘩させ侫人いぢむさき事、河中島合戦の時廿人頭小人頭各能付奉る中に、原大隅一入手抦の義を長坂源五郎猜とて、信玄公仰らるゝは、家に久しき侍のことに我心やすくつかふ者共は、諸人我に忠節仕る者をば、日比傍輩中わろく共懇にいたし、我前よく取なしてこそ我を思ふなれ、縦は親の長閑が煩を直したる薬師をば定て馳走仕らん、其ごとく大切に存る主の用に立チ手抦をしたる者の、しかも小者頭にて有に随分だてをする侍が、我に奉公したる原大隅を憎むは、能々信玄に長坂源郎は表裏有と仰られつる事、其後古籠屋小路勝治殿の半衆と無行儀の事、是申間敷義なれ共、何事に付ても以来のたくらべの為にかくの分也、
-
『十善法語』巻第八・不貪欲戒仏法ノ中ニハ提婆達多ノ類シヤ。世尊ノ名称ヲ嫉ミ自ラ思フ。釈迦ハ是浄飯王ノ子。我ハ是斛飯王ノ子。釈迦四月八日ニ誕生ス。我四月七日ニ誕生ス。釈迦三十二相ヲ具ス。我三十相ヲ具ス。釈迦六神通ヲ得タリ。我五神通ヲ得。其違ヒ幾カアル。シカルニ人間天上。釈迦ト聞ケハ礼拝供養ス。其言トコロ群類伏従ス。我ヲ見ルコト草芥ノ如シ。所有ノ言教モ人歯録セス。譬テ云ハ。月ノ光ヲ失フハ日ノ光ニヨル。此釈迦世ニ在テ。我名聞利養ヲ失フト。コレヨリ世尊ヲ害シ奉ル心生シ。次第ニ增長シテ。終ニ其身ヲ失フタト云コトシヤ。此提婆達多ハ大菩薩ノ権ノ示現デモ有フガ。示現ト云モ。末世衆生ノ為ノ示現ナレハ。是ヲ以テ人道ヲモ慎ミ。天命ニモ順シ。法性ニモ順スヘキコトシヤ。
-
史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
-
『呻吟語』内篇・修身・真修と語る可し人と為りて善を揚ぐる者の心を復すること無く、惡を稱する者の口を實にすること無くんば、亦た以て真修と語る可し。
-
人物志・釋爭前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
-
『太上感応篇』悪行・他の栄貴を見て、他の流貶を願ふ他の栄貴なるを見ては、他の流貶せられんことを願ふ。他の富有なるを見ては、他の破散せんことを願ふ。他の色の美しきを見ては、心を起して之を私す。他の貨財を負ひては、他の身の死せんことを願ふ。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る