下学老談抄録 / 忠孝と信義を欠かさぬ
忠孝は勿論、平生假初にも信義は不可闕、忠孝はいふもさら也、大道枯木橋の制札の第一に此二字を表出し、公然と衆に示させらる 祖訓の明志日月と共に可仰也、されば楠正成 薄恩を怨まず、飽まで忠言を盡し、身を殺して名をなすもの、曾我兄弟、藤原阿若等の思ひを焦し、心を勞し、我を忘れて父の讐を報ひしあとなど、返く〱も誠を察し鑑とはなすべし、偖又信義は士の大切に尤可得心なり、わづかに虚言あれば大事も夫にて疑はる、又其微をつゝしまざれば後には大事に及ぶ也、書曰、不矜細行終累大徳、易曰、履霜堅氷至る、其證なり、譬へば當時紙面の終りに取こみ、早々亂筆など書事、百に七八十通は皆然り、實にとりこみの事あるや、是は畢竟其心根を察するに、惡筆は其取込の字にて惡筆をかくし、能書は取込の內にても如此見事に書と自慢をあらわすより起る事と思はるゝ也、これら纔の事ながら、先虚言の端にて、信を失ふ者也、其外不快或は留守をいひたてゝ、いやなる訪人には不逢、若後日風と手はづ違ひ、其無禮顯れても夫をさのみ面目なしとも思はず、又約束せし事も違ひ、亦なき物をも所持の樣にいひなし、虚言不信萬々なり、
新字:忠孝は勿論、平生仮初にも信義は不可闕、忠孝はいふもさら也、大道枯木橋の制札の第一に此二字を表出し、公然と衆に示させらる 祖訓の明志日月と共に可仰也、されば楠正成 薄恩を怨まず、飽まで忠言を尽し、身を殺して名をなすもの、曽我兄弟、藤原阿若等の思ひを焦し、心を労し、我を忘れて父の讐を報ひしあとなど、返く〱も誠を察し鑑とはなすべし、偖又信義は士の大切に尤可得心なり、わづかに虚言あれば大事も夫にて疑はる、又其微をつゝしまざれば後には大事に及ぶ也、書曰、不矜細行終累大徳、易曰、履霜堅氷至る、其証なり、譬へば当時紙面の終りに取こみ、早々乱筆など書事、百に七八十通は皆然り、実にとりこみの事あるや、是は畢竟其心根を察するに、悪筆は其取込の字にて悪筆をかくし、能書は取込の内にても如此見事に書と自慢をあらわすより起る事と思はるゝ也、これら纔の事ながら、先虚言の端にて、信を失ふ者也、其外不快或は留守をいひたてゝ、いやなる訪人には不逢、若後日風と手はづ違ひ、其無礼顕れても夫をさのみ面目なしとも思はず、又約束せし事も違ひ、亦なき物をも所持の様にいひなし、虚言不信万々なり、
書き下し
忠孝は勿論、平生假初にも信義は不可闕、忠孝はいふもさら也、大道枯木橋の制札の第一に此二字を表出し、公然と衆に示させらる 祖訓の明志日月と共に可仰也、されば楠正成 薄恩を怨まず、飽まで忠言を盡し、身を殺して名をなすもの、曾我兄弟、藤原阿若等の思ひを焦し、心を勞し、我を忘れて父の讐を報ひしあとなど、返く〱も誠を察し鑑とはなすべし、偖又信義は士の大切に尤可得心なり、わづかに虚言あれば大事も夫にて疑はる、又其微をつゝしまざれば後には大事に及ぶ也、書曰、不矜細行終累大徳、易曰、履霜堅氷至る、其證なり、譬へば當時紙面の終りに取こみ、早々亂筆など書事、百に七八十通は皆然り、實にとりこみの事あるや、是は畢竟其心根を察するに、惡筆は其取込の字にて惡筆をかくし、能書は取込の內にても如此見事に書と自慢をあらわすより起る事と思はるゝ也、これら纔の事ながら、先虚言の端にて、信を失ふ者也、其外不快或は留守をいひたてゝ、いやなる訪人には不逢、若後日風と手はづ違ひ、其無禮顯れても夫をさのみ面目なしとも思はず、又約束せし事も違ひ、亦なき物をも所持の樣にいひなし、虚言不信萬々なり、
現代語訳
忠孝はもちろん、日ごろからかりそめにも信義を欠いてはなりません。忠孝は言うまでもなく、大道の枯木橋の制札の第一にこの二字が掲げられ、公然と人々に示されています。祖訓の志が日月とともに仰がれるべきことも同じです。ですから楠正成が薄い恩を恨まず、最後まで忠言を尽くし、身を殺して名を成したことや、曾我兄弟、藤原阿若らが思い焦がれ心を労し、我を忘れて父の仇を討った跡などは、返す返すも誠を察して鑑とすべきです。さて信義は士にとって大切で、特に心得ておくべきです。わずかでも嘘があれば大事もそのために疑われます。また小さなことを慎まなければ、後に大事に及びます。書経に「細行を矜まざれば、終に大徳を累わす」とあり、易経に「霜を履めば堅氷至る」とあるのがその証です。たとえば近ごろ手紙の終わりに「取り込み」「早々」「乱筆」などと書くのは、百通のうち七、八十通がそうです。本当に取り込みがあるのでしょうか。これは心根を察すれば、悪筆は取り込みを理由に隠し、能書は取り込みの中でもこのように見事に書くと自慢を表したい気持ちから起こると思われます。これらはわずかなことですが、まず嘘の始まりで、信を失うものです。そのほか、不快や留守を言い立てて嫌な訪問客に会わず、後日ふと食い違って無礼が露見しても面目ないとも思わず、約束を違え、持っていない物を所持しているように言いなす。嘘と不信は甚だしいものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』兼愛下兼士の言は然らず、行いも亦た然らず。曰く、「吾れ聞く、天下に髙士為る者は、必ず其の友の身を為むること其の身を為むるが若くし、其の友の親を為むること其の親を為むるが若くして、然る後に以て天下に髙士為る可し」と。是の故に退きて其の友を睹るに、饑うれば則ち之に食わしめ、寒ければ則ち之に衣せしめ、疾病あれば之を侍養し、死喪あれば之を葬埋す。兼士の言は此くの若く、行いも此くの若し。若の二者は、言、相い非として行い相い反するか。常に若の二士をして、言は必ず信、行いは必ず果ならしめ、言行の合すること、猶お符節を合するがごとくならしめば、言いて行わざる無きなり。
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『後世への最大遺物』改版に附する序・天地無始終、人生有生死そして彼らの内にある者は、早くすでに立派にキリスト教を「卒業」して、今は背教者をもって自ら任ずる者もあります。またはこの書によって信者になりて、キリスト教的文士となりて、その攻撃の鉾を著者なる私に向ける人もあります。実に世はさまざまであります。そして私は幸いにして今日まで生きながらえて、この書に書いてあることに多くたがわずして私の生涯を送ってきたことを神に感謝します。この小著そのものが私の「後世への最大遺物」の一つとなったことを感謝します。「天地に始めと終わりは無く、人生には生と死がある」であります。しかし生死ある人生に、死の無い生命を得る道が供えてあります。天地は失せても、失せざるものがあります。そのものをいくぶんなりと握るを得て、生涯は真の成功であり、また大なる満足であります。
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荀子・大略篇自ら其の行ひに嗛(あきた)らざる者は、言濫(らん)に過ぐ。古の賢人は、賤しくして布衣(ほい)為(た)り、貧しくして匹夫為り。食へば則ち饘粥(せんしゅく)も足らず、衣れば則ち豎褐(じゅかつ)も完(まった)からず。然り而して礼に非ざれば進まず、義に非ざれば受けず。安(いづ)くんぞ此れを取らん。
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言志四録・言志耋録 第七十四条 我の言行の差錯を咎めよ寒暑節候、稍暦本と差錯すれば、人其の不順を訴ふ。我の言行毎に差錯有るも、自ら咎むるを知らず。何ぞ其れ思はざるの甚しき。
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『不動智神妙録』一心の明らめやう説く人の分にては知れ申す間敷候、世の中に仏道も儒道も心を説き候得共、其説く如く其人の身持なく候心は明かに知らぬ物にて候、人々我身にある一心本来を篤と極め悟り候はねは不明候、又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へどもそれにもよらず候、参学したる人心持皆々悪敷候、此一心の明らめやうは深く工夫の上より出で可申候。
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論語・憲問篇子曰わく、君子はその言にして行に過ぐるを恥ず。

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