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後世への最大遺物 / 改版に附する序・天地無始終、人生有生死

そして彼らの内にある者は早くすでに立派にキリスト教を「卒業」して今は背教者をもって自から任ずる者もあります。またはこの書によって信者になりて、キリスト教的文士となりて、その攻撃の鉾を著者なる私に向ける人もあります。実に世はさまざまであります。そして私は幸いにして今日まで生存らえて、この書に書いてあることに多く違わずして私の生涯を送ってきたことを神に感謝します。この小著そのものが私の「後世への最大遺物」の一つとなったことを感謝します。「天地無始終、人生有生死」であります。しかし生死ある人生に無死の生命を得るの途が供えてあります。天地は失せても失せざるものがあります。そのものをいくぶんなりと握るを得て生涯は真の成功であり、また大なる満足であります。

書き下し

そして彼らの内にある者は、早くすでに立派にキリスト教を「卒業」して、今は背教者をもって自ら任ずる者もあります。またはこの書によって信者になりて、キリスト教的文士となりて、その攻撃の鉾を著者なる私に向ける人もあります。実に世はさまざまであります。そして私は幸いにして今日まで生きながらえて、この書に書いてあることに多くたがわずして私の生涯を送ってきたことを神に感謝します。この小著そのものが私の「後世への最大遺物」の一つとなったことを感謝します。「天地に始めと終わりは無く、人生には生と死がある」であります。しかし生死ある人生に、死の無い生命を得る道が供えてあります。天地は失せても、失せざるものがあります。そのものをいくぶんなりと握るを得て、生涯は真の成功であり、また大なる満足であります。

現代語訳

その人たちの中には、早々とキリスト教を立派に卒業して、今は背教者をもって自任する者もいます。あるいはこの本によって信者になり、キリスト教的な文筆家となって、その攻撃の矛先を著者である私に向ける人もいます。まったく世はさまざまです。そして私は幸いに今日まで生きながらえ、この本に書いたことから大きく外れずに自分の一生を送ってこられたことを、神に感謝します。この小さな本そのものが、私の後世への最大遺物の一つになったことを感謝します。天地に始まりも終わりもなく、人の一生には生と死がある。けれども、生き死にのある人生の中に、死なない命を得る道が用意されています。天地が消えても消えないものがある。そのものをいくらかでも手にできてこそ、一生は本当の成功であり、大きな満足なのです。

解説

六十四歳の内村が、自分の言葉を自分の生涯で検算している段です。読者の中には背教者になった者も、自分を攻撃する文筆家になった者もいる、と率直に書く。それでもこの書に書いてあることに多くたがわずして生きたと言えることを感謝します。天地無始終、人生有生死は講演の出発点になった頼山陽の詩の一句で、三十三歳のときに引いた同じ句を、老年になってもう一度置いている。遺物を論じた本が、著者の生き方によって本当に遺物になった。言葉と生涯の一致を三十一年で確かめた序文です。

この章句が説くこと

言行一致遺物生死生涯成功

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